

倉敷に戻って、父と一緒に母親の介護を始めて5年になる。あんまりたいしたことはやってないにしても、それでも介護というのは易しいものじゃない。なにかとストレスフルなことが多くて、こっちの余裕がないときは「家族とはなんぞや?」みたいなことを考えてしまう。さらに、精神状態が最悪のときは、家族なんて概念にすぎないと。家族の形態はあっても、家族という言葉が含む「つながり」や「絆」は、いまの時代、幻想なのだと。そんな無価値な結論を自分で導いておいて、ぐっとまた落ち込んだりするのである。今号でとりあげたトリオ食堂。最初に惹かれたのは店の名前だった。それが三兄弟を意味する屋号だと知って、さらに興味を抱いた。そして取材を進めていくうち、「トリオ」は家だとわかった。幻想だと思っていたものが、あたりまえのように目の前にあった。今も周囲に田んぼが残る、倉敷のこんな所に。これからは、落ち込む度合いも少しはマシになるかもしれない。