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草なぎ洋平
1976年東京都生まれ。編集者。編集とデザインの会社である株式会社東京ピストルの代表として、企業のブランディングから広告、web制作まで幅広い仕事を行っている。最近ではニートのための情報サイト「Neetnik」にハマっている。
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Krash Eyes

フリーペーパーよ、まだ見ぬ世界へ飛んでいけ!

よく「クサナギくんは社交的だよね」とほめられるのだが、実はそうではない。かつてのぼくは人付き合いが大の苦手であった。

特に20歳の頃がひどかった。あの頃は女の子となると口もきけなかった。 『popeye』の「童貞特集」などを読み漁り、熱心に勉強するものの、2人になるととたんに緊張。コミュニケーションがまったく取れなかった。そう、お察しの通りまったくモテなかったのだ。

そこで若かったぼくは旅に出かけることに決めた。一人旅によって、ナイーブな碇シンジ状態の自分を生まれ変わらせようと思ったのだ。青春の金字塔、「自分探し」である。

といってもぼくの旅行は「世界一周」でも「日本一周」でもなかった。5日間に渡って青春18切符で西日本を回る。ただそれだけ。城崎→鳥取→倉敷→道後温泉→高知→京都。行ったことがない場所を巡ろうと考えたら、こんな旅程になった。

ビートニクに影響を受けたぼくは、宿も取らず、寝袋も持たず、文学ノート(メモ帳)と文庫本数冊だけをバッグに入れて出発した。宿代もないので、城崎経由で終電に到着した鳥取駅では駅構内の地べたで夜明かしをした。これぞ無軌道な放浪! 冷たいリノリウムの床の上で、和製ギンズバーグ的なポエムを書き留めたり、まっ暗で何もない駅周辺を不審者さながらブラブラ歩いたりして時間をつぶした。

しかしながら数時間でぼくはホームシックになっていた。蚊が多くて眠れないし、鬼寂しかったのだ。キオスク脇の公衆電話から大学の友だちに電話、泣き言をいって友だちを困らせ続けたりもした。いま思い返してもヘタレすぎたよ、20歳のぼく!

以降野宿に懲りたぼくは、ひたすら電車のなかで眠り続けた。道後温泉以外はどこにも立ち寄っていない。旅といってもひたすら電車に乗っていただけ。車窓から景色を眺め、夕陽を見れば母ちゃんの手料理を思い浮かべる始末であった。

そんな旅行最後の京都でのこと。大雨が降り、途方に暮れて繁華街をトボトボと歩いていると、夜のお姉さんらしい人が車から声をかけてくれた。傘もささずウロウロしている姿を気にとめてくれたのだろう。車で安宿まで送ってくれ、「ほな」と紙包みを渡して去っていった。包みを開くと五千円札が入っていた。メチャ感動し、泣いた。

車の中、ぼくは緊張のあまりお姉さんと全然口をきけなかった。お礼の言葉も伝えたかどうか。

いま社交的なぼくは、あのお姉さんにお礼が言いたくて仕方がない。心の底から「ありがとう」を伝えたい。