倉敷市真備町岡田1546 TEL.086-698-8558
[開館_毎週火・木・土・日曜日 10:00〜16:00 ※祝日・年末年始は休館]






日本のシャーロック・ホームズと言っていいだろう。いや、パっとしない風貌を考えると、刑事コロンボに近いかもしれない。日本人にもっとも馴染み深い探偵、金田一耕助。子供たちや10代の若者の間では江戸川コナン(マンガ『名探偵コナン』の主人公)にその人気を脅かされるも、いまなお幅広い世代で絶大な知名度を誇る。
生みの親は、戦後の推理小説界を常にリードしてきた作家の横溝正史(1902〜1981)。金田一耕助の初出は、氏が第一回日本探偵作家クラブ賞を受賞した『本陣殺人事件』(48年)だった。この小説を皮切りに、『犬神家の一族』『獄門島』『八つ墓村』など約20もの長編小説で主人公として登場する。小説の世界だけじゃない。映画やドラマ、マンガでも数多くが作品化されている。なかでももっとも有名なのが、石坂浩二が金田一耕助を演じた一連の角川映画。市川崑監督によるシリーズ初作『犬神家の一族』(76年)は記録的な大ヒットを記録した。翌年には同作品がテレビ化。こちらも最高視聴率40パーセントを超える大人気ドラマとなった(金田一耕助役には古谷一行)。
さて、この金田一耕助が生まれたのが、実は倉敷だったというのをご存知だろうか。前述の『本陣殺人事件』、その舞台となっているのが倉敷市真備町なのだ。倉敷から車で15分ほど北に行ったところにあるのどかな町が真備町である。この町が舞台となったのには理由がある。
神戸で生まれた横溝正史は20代で上京。いくつかの雑誌で編集長を務めながら作家活動に励んでいた。30歳で専業作家になるが、不遇の時代が長く続く。さらに戦時中は探偵小説の発表が禁止されたために困窮し、著しく体調を崩した。そんな折、父親の郷里である岡山に家族で疎開することになった。その疎開先が真備町だった。
まったく不慣れな田舎の生活、しかも収入もない身だった。しかし、不安を抱えて移ってきた横溝一家を、真備の人たちは温かく迎えたという。真備に到着した翌日の朝、横溝家の玄関先には村人から差し入れられた野菜が山積みされていたという逸話が残っている。村の人は「都会からやってきた作家」に好奇心を隠さなかった。夜毎、一升瓶をもって家にやって来ては、先生を囲んでの話に花が咲いた。そんな場で村人から聞いた地元に残る古い話や事件などが、消えかかっていた横溝の創作の意欲を刺激した。日々、一家で畑仕事にいそしみながらも、近所の石の上にじっと座って小説の構想を練っていたり、池の周囲を散歩しながらトリックを考えていた姿が頻繁に目撃されている。こうして戦後も真備に残り書き上げたのが、金田一耕助のデビュー作『本陣殺人事件』だったのである。
横溝正史が真備町に疎開していたのは、1945年4月から48年8月まで。その3年あまりの短い期間で、横溝は『本陣殺人事件』と、瀬戸内海の島を舞台にした『獄門島』を書き上げている。また、東京に戻った翌年の49年には、岡山の県北で実際に起こった猟奇殺人事件を題材に『八つ墓村』の連載をスタートした。
横溝にとって、真備町での疎開の経験は、創作の宝となっただけではない。晩年になっても、横溝は周囲に真備町での思い出を熱心に語ることがよくあったという。