Krasheyes

デニム・ジャンキー

デニム・ジャンキー

1978年生まれ。2001年、大学院在学中にジーンズのウェブサイト「デニムジャンキー」を立ち上げる。ジーンズマニアの間で話題になるが、2003年に活動を休止。充電期間を経て、2005年に「THE DENIM JUNKIE」として活動を再開。現在、倉敷市児島在住。
http://denim-junkie.com/

 今から3年ほど前、縁もゆかりもない児島の地に足を踏み入れた。ここに来た理由は至極明快、ジーンズが好きだから。しかし、この町へ来るまでには、何度も遠回りをし、背水の陣の決意をもってたどりついた経緯がある。
 学生時代、建築計画を学んでいた。就職活動の時期には一般の学生と同じくリクルートスーツを身にまとって企業を回った。そして、都内のとある建築設計事務所に内定が決定した。だが、入社前の1週間の研修の初日に挫折した。「この環境で続けられる自信がない……」。いまとなってはこうして誌面にも堂々と書けるが、当時は本気で身を隠して生きようと思ったほど、社会人として生きていく自信を喪失していた。そんな追いつめられたぼくを最後に救ってくれたのが「ジーンズ」だった。

 小学生の頃、いとこの兄ちゃんから刺激を受けて、初めてジーンズに足を通した(当時はジーパン、しかもケミカルウォッシュ)。以来、ジーンズにほれ込み、いつも生活のそばにあった。自分でバラしてカットし、母親のミシンを借りて再度組み立てたり、色落ちが早まるように毎日町内を自転車でグルグル周回したりと、まわりから見ると少し危ない子だったかもしれない。そんなジーンズ狂は成人してからも変わることなく、大学時代には趣味が高じてWEB 上に個人のジーンズサイトを立ち上げた。そしていつの間にかいろんな人が見に来てくれるようになり、WEB上で意見交換をするようになっていった。そんなとき、ある人から「ジーンズを職業にする気はないの?」とたずねられた。ちょうど前述の設計事務所への就職に挫折していた時期である。その人の言葉が、どうしようもなく途方に暮れていたぼくの心に響いた。

 児島に住んで3年半が経つ。こちらの一方的な片思いから出発した児島移住計画であるが、あのとき思い切って飛び込んで本当に正解だったと思う。いまでは世代も職種も異なるいろんな人たちと交友ができ、モノよりも人に触れることがぼくにはとても有意義なこととなっている。児島の町は狭いけれど、深さは底なしだ。まだまだぼくは水辺でチャプチャプと水遊びしている程度。これから何年間もかけてこの地へ骨をうずめる覚悟があるのかどうか、自分自身に問いただしたい。児島移住計画がひと息つき、そのうち「定住計画」へ変わる日が来るはずだから。