倉敷のゴミの行方

衣料ゴミ

 倉敷のゴミは回収された後、どんなルートをたどるのか。ゴミの行方を知ることができれば、正しいゴミの出し方もわかるかもしれない。リサイクルにもっと貢献できるかもしれない。 倉敷で回収された資源ゴミ、とくに衣料ゴミの行方を追ってみた。

収集・選別

株式会社田中商会

 ゴミステーションから回収された古紙・缶・ビン・古布といった資源ゴミは、まず収集とゴミの選別を行う再生資源事業者のもとへ。倉敷ではここ田中商会が最大手。鉄を切断する音や缶が大きな磁石に吸い付く音など、まわりの人の話し声が聞こえないほどの大きな音の中で分別作業が進められていた。

  • 古紙古紙は素材別に分けて重さ約1トンのブロック状に圧縮する。タバコのカートンのパックもきちんと選別してまとめられていた。一番上質とされているのは牛乳パックだとか。
  • 古紙缶は大きな磁石を使ってスチールとアルミに分ける。アルミは磁石にくっつかないので分別は手作業。
  • 古紙ふとんは引越業者などに引き取られ、衣類は次ページで紹介する田代商店などの古着専門のリサイクル工場へ。

再び市場へ

株式会社田中商会

 田中商会から運ばれてきた古着を素材や形で選別し、国内用と海外用に分ける。国内用は20歳代の若いスタッフが選別し、原宿や大阪アメリカ村などにある古着屋へ卸される。海外用はアジア諸国へ輸出される。その他は工業用雑巾や防音材の原料に加工されていく。

  • 古着ベルトコンベアーで流れてくる古着を形や素材等で全350種類に選別。ここで国内用、海外用に分ける。国内用の古着は専門のスタッフが卸し先の小売店の趣向に合わせて選別。卸し先となるのは原宿や大阪アメリカ村などにある古着店が多い。
  • 古紙海外用の古着は主に東南アジアに輸出。最近ではデザインや色など、質に対する要求が厳しくなってきている。子供服・下着・ジャンパー・ワンピース・ジーパンなど200種類に及ぶ。
  • 古紙古着として使えないものは素材・色を分け、ボタンや金具などを外した上で裁断し、工業用雑巾(ウエス)として工場などへ卸す。

Dear Nippon, the Advanced Recycling Country of the Past
Recyclables are Not Waste

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 香川県観音寺市にある田代商店への取材には、先に取材していた田中商会の田中和男常務が同行してくれた。この取材の後、中四国を大移動して、津山市の古紙処理業者を訪ねることになっていたから出発は早朝。張り切って出掛けた先は、古着が山積みになったウナギの寝床のような工場だった。いまさらながらこんなにもいらない洋服があるなんて軽いショックを受けた。

 取材が終わったのはちょうど昼。田代社長が「せっかくここまで来たんだから」とうどん屋へ誘ってくれた。リサイクル談義で盛り上がる田中常務と田代社長。横で聞いていると、彼らには「地球を救う」とか「エコ活動」というような特別な意識がまったくない。「ずーっとこの仕事しとるけんね、エコな仕事をしょーるという気持ちはないなぁ。“もったいない”いう言葉があるが、結局そういうことよな」と田中常務。その言葉から、現場で携わっている人たちのモチベーションは、日本人が昔からもっている価値観や慣習の延長線上にあるんだと気づいた。
 かつて汚いといわれたリサイクル事業には、いまでは「エコ」という言葉が使われる。再生紙を使っていることが特別なことだったりする。そんなことを取り立てなくとも、日本は元々リサイクル先進国だったのだ。江戸時代にはすでに古着屋が存在していたし、和紙の漉き直しもそう。ただ欧米化に伴った大量消費主義から、“もったいない”という概念を忘れてしまっただけなのだ。こういうのを「目からウロコ」っていうんだろう。

 “もったいない”精神を忘れてしまった日本人も知らないうちにリサイクルしていたということが発見できた。なんと、田代商店で分別された国内用の古着が原宿の古着屋などに卸され、店頭に並んでいたのだ。原宿で最先端のオシャレとして購入した洋服が地方で資源ゴミとして捨てられ、また原宿へ。分別することで、新たな価値が生まれる。「資源ゴミはゴミではないけんね」という田中常務の言葉が納得できた。いまの時代、“ゴミを捨てる”という感覚こそが間違っているのかもしれない、そう思った。(文・岡部慎一/KJエディター塾)