#01 KOJIMAメイカーのエコ対策 #02 児島ならではのリサイクル会社 #03 INTERVIEW/河合秀文

Kojima’s Eco Measures

Kojima’s Eco Measures

A RECYCLING COMPANY CHARACTERISTIC OF KOJIMA' Eco Measures

橋本株式会社
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デニムの糸を染めるときや、生地を織る際に出た糸くずが、5ミリの長さにカットされていく。カットされたデニムの糸はゴムに混ぜられ、車などのベルトの原料の一部として使用されている。デニム糸を混ぜるとベルトの強度が増すのだ。

 児島下の町に社屋と工場を構える橋本株式会社。同社が扱うのは、児島にあるアパレルメイカーや織物工場、他県の紡績工場等から出た残りものの生地、端切れ、裁断くず、糸くずなど。それら繊維くずを回収・選別・加工し、リサイクルに回す。繊維の町・児島ならではのリサイクル会社だ。
 創業は1931年。当時はものが不足している時代で、繊維くずの需要は極めて高かった。仕分けされた繊維くずは愛知県の岡崎や大阪の泉南に送られ、詰め綿や軍手、フェルトにリサイクルされた。自動車産業との結びつきも深い。軽くて防音・断熱効果があり、しかもコストが安いとあって、天井、ダッシュボード、シート、アンダーマットなど、自動車の内装のいたるところに繊維くずが使われた。
 51年には紡績部門を設置。自社のなかで、糸くずから綿にして糸にまでするリサイクル体制が出来上がった。70年代には繊維くずの発生と、またその需要は最盛期を迎えた。しかし、時代とともに繊維くずのリサイクルの需要は減少していく。見栄えの悪さと環境面から再生品が敬遠されはじめ、自動車の内装の素材も、ほとんどがヴァージンのポリエステルにとって代わっていった。紡績部門も厳しくなっていった。紡績工場の大手が中国や東南アジアに工場を移したことで、国内での糸くずの発生が減少。さらに安価な輸入品に押されて需要は減少していった。社長の橋本正さんは言う。「昔は繊維くずを買っていても商売になった。でも、いまは売値も安くなり、集荷するのに逆に費用をいただかないとやっていけない状態です」
 橋本さんの先代の社長は、かつて同社のリサイクル業を「かまぼこの味」と言ったという。そのままでは敬遠される魚が、かまぼこになると立派な商品になる。しかし、いまの時代、繊維くずのリサイクルにはそのうまみが薄れてきてしまった。とはいえ、同社のような会社は今後も児島には必要とされている。繊維の町がエコと向き合ったときの受け皿として。