下津井節

下津井歌詞

 一番の歌詞「まともまく」は追い風を受けて帆を巻き上げること。「まぎる」は向かい風のときに風を斜めに帆に受けてジグザグに進むことをいう。下津井の港はどんな風でも簡単に出入りできる良港ですよ、と歌っているわけだ。意味するところがこれだけなら面白みがないと思われても仕方ない。が、実はこのシンプルな歌詞にも裏の意味があるとされている。
 下津井の遊郭には表と裏に白行燈があった。船の来航の少ない暇な時期には裏の行燈を灯して、地元の男たちを裏から入れてタダで遊ばせていた。遊んだ男たちは、帰りは着物の裾を肩までたくしあげてこっそり出て行く。入るのも帰るのも気安い下津井の遊郭、帰る姿は船のよう───と。また、下津井の遊郭で遊ぶ船頭が女に不義理を重ね、尻に帆をかけて逐電する様を歌っているという説もある。
 いずれにしても、下津井節は北前船の船頭たちが歌い、遊女たちに伝えられたとされる歌。歌詞は額面どおりには受けとれない。だからこそ、この下津井節にはなんともいえない情緒と奥深さがある。

 昭和4年(1929年)8月、下津井節のレコード化の話がもちあがった。だが、当時歌われていた歌は下品で露骨なものが多く、また歌詞も統一されていなかった。そこで一般から公募することになったのだが、結局、審査委員がもちよったものから選ぶことになった。このとき、下津井節制定の中心的な役割を果たしたのが、下津井町役場で観光を担当していた高本恭夫さんだった。選定した11唄中、7唄は高本さん自身が創作、または手を入れたものとなっている。こうして出来上がった下津井節は、同年9月に無事大阪でレコーディングされた。昭和14年にはラジオの電波にも乗った。NHK岡山放送局から、岡山を代表する民謡として全国に向けて紹介されたのだ。以降、これまで下津井節は30人以上の歌手に歌われ、販売されたレコードも数十種にも及ぶ。