蟲日記

{ふんどしの紐}

虫日記猫

 ご近所のSさん(88才)から、わたしはよく縫い物を頼まれます。 Sさんは大変に小柄な方なので、既成の洋服では大き過ぎるため、主にはズボンの裾上げや幅つめ、シャツのカフス部分の付け直しなど。たま に「できるかな」と不安になるものもあるのですが、特に仕上がりにうるさい方ではないので、大概のものは引き受けます。

  先日、頼まれていた布団カバーのつくろいを仕上げて届けに行くと、「そうだ、おねーちゃん(Sさんは、いつまでたっても私の名前を憶えない)今度ね、紐を縫ってもらいたいんだよ」と言われるのです。
  しかし、ひと口に紐と言ってもいろいろあるだろうと思い、「何に使う紐ですか?」と聞き返しても、「え~と、これくらいのね……」と、両手でだいたいの長さを示すだけで、どうもはっきりしません。ただ、紐くらいのことはわたしも造作ないので、「まあ、またいつでも言って下さいよ」と返事をして帰りました。

 それから数日して、Sさんは何やら白い布を手にやってきました。
「おねーちゃん、これね、こういうの縫ってくれないかい」
 と。それは、なんてことはない、ふんどし(*)であったのですが、どうやらSさんには、既成のものでは何か具合が悪いようで、紐部分に工夫をしてほしいらしいのです。そうやって、ご自分の「見本」を広げて見せる割には、しかし「ふんどし」という言葉はいっさい口にしません。
  いちおう、「おねーちゃん」に対する気遣いでありましょうか。そんなわけで、ここのところ、工夫を凝らしたふんどしの紐を何本も何本も縫っているのです。

  Sさんとは、同じ時期に同じ病院で同じような病気で、Sさんは奥さんを、私は父を亡くしたせいか、なんとなく妙な連帯感があります。でもそのSさんも、ちかいうちには遠方の息子さんのところへ身を寄せられるということです。90才も近い年齢を思えばしかたのないことですが、やはり寂しいです。


*ふんどし

日本をはじめとする地域での大人用の男性下着。多くは木綿のさらし布を素材とし、六尺ふんどし、九尺ふんどし、越中ふんどし、もっこふんどしなどの種類がある。日本では、明治時代までは男性が成人になると通過儀礼としてふんどしを着用する習慣があった。現在は、男性用下着はブリーフ等のパンツにとって代わられているが、粋や精悍、ダンディズムというイメージがあり、一部に根強い愛好家をもつ。全国の裸祭や、神田の三社祭、京都の祇園祭といった伝統的な祭でもふんどし姿が多く見られる。