Krash Cinema Blog

ライター。元・日本美女選別家協会会員。
1963年倉敷(水島)生まれ。
コチラでも映画の話を書いたりしてます。

倉映・イン・ブルー

in_blue.jpg 昔、えびす通りの脇筋を入ったところに倉映があった。もともと倉映という名前だったのか、倉敷映画劇場か何かを略した名前なのかは知らない。かつては邦画を上映していたらしいが、子供の頃の私が通うようになった70年代には洋画専門館になっていた。ここで観た映画の中で、特に忘れられないのが『グライド・イン・ブルー』である。
 アリゾナの荒野をパトロールする白バイ警官が、念願かなって殺人課の刑事に転属させてもらうが、ヤバい裏事情のからんだ事件の中で、おのれの無力さを思い知らされるという話。土地の権力(旧世代)と自由を謳歌するヒッピー(新世代)の間に挟まれて、自己実現の道を見失ってしまう侘びしい男の映画だ。
 74年日本公開だから、私は小学校5年生の時に倉映でこれを観たことになる。すでに一人で映画館に行ったりもして、かなりマセたガキではあったが、こんな大人っぽい映画を進んで観に行ったわけではない。観たかったのは同時上映の“クレイジーボーイ”シリーズだった。当時フランスに“レ・シャルロ”という、バンドとお笑いをやる人気グループ(スパイダースのような、というか、今でいうとSMAPやTOKIOみたいな)があって、彼らの映画が日本では“クレイジーボーイ”というシリーズ名で公開されていた。本当にくだらないシリーズなのだが、小学生の眼にはヒップな笑いだったのだ。しかし、メインとして観たはずのクレイジーボーイの記憶は薄く、シリーズのどの作品だったかも思い出せない(『スーパーマーケット珍作戦』だったかなあ)。それより、『グライド・イン・ブルー』が記憶に残ってしまったのである。
『グライド・イン・ブルー』は70年代アメリカン・ニューシネマの傑作として映画マニアの間でこそ評価は高いものの、一般にニューシネマの名作と言われる『俺たちに明日はない』『イージー★ライダー』『真夜中のカーボーイ』などに比べると知名度は低い。主演のロバート・ブレイクにスター性がないせいか、あくまでマイナーな存在だ。
 小学生の私には話の意味はよく分からなかったが、冒頭に起きる偽装自殺事件のシーンの不気味なけだるさとか、オープニングタイトルのハーレーダビッドソンのカッコよさとか、中盤で豚の糞まみれになる主人公のカッコ悪さとか、バイクチェイスシーンのスローモーションの気持ちよさとか、モニュメントバレーを背後に望む雄大な荒野のハイウェイでポツンと寂しく死んでいく主人公のどうしようもない感じとか、かなり印象的な映画ではあったのだ。
 中学生になって『かもめのジョナサン』を読んだ時、訳者の五木寛之が後書きで『グライド・イン・ブルー』について触れ(これも記憶が曖昧なので、他の人の他の文章だったかもしれない)、「『イージー★ライダー』の主人公がアンチヒーローなどと呼ばれるが、彼らの死はやはりカッコよく美化して描かれていた。『グライド・イン・ブルー』でニューシネマは真のアンチヒーローを描く時代に到達した」といった趣旨のことを書いていたのを読んで、ああなるほど、あれは名作だったんだなと、やっと理解した次第である。
『グライド・イン・ブルー』は“知る人ぞ知る”という位置づけだったので、語りづらい名画ではあった。「通ぶりやがって」と思われたくなかった。しかし、今となっては気にすることもない。同窓会で再会した初恋の女の子に「実は好きだったんだよ」と言うのは20代なら狙う気まんまんだし、30代でもまだいやらしいが、40過ぎれば何の屈託もなく言えるのと同じだ。『グライド・イン・ブルー』は人生の中で大きな意味を持っている映画の一つだし、今観ても本当に素晴らしい名画だと思う。しかし、ガキの頃にこんな映画ばかり観て育ったために、負け犬的な人生観が染みついてしまったのは、いかんともしがたいよなあ。