Krash Cinema Blog

ライター。元・日本美女選別家協会会員。
1963年倉敷(水島)生まれ。
コチラでも映画の話を書いたりしてます。

007は何度でも死ぬ。

80.jpg ついにピアース・ブロスナンに代わる6代目ジェームズ・ボンドが正式発表された。……なんて、若い人たちには興味ないニュースだろうなぁ。ヨーロッパじゃ今でもボンドはファッショナブルなイメージを保っているみたいだが、日本の若者たちにはすっかり過去の遺物扱いされている。『水戸黄門』の新キャスト発表を聞くような感覚に違いない。野球とか007とか話題にしてるこのページなんて、完全にオヤジの繰り言だ。まあ、開き直ってオヤジくさい話をまた書くわけだが。


 ボンド役はショーン・コネリーに限る、というのは定説である。ギラギラした野性的セックスアピールに、殺しの番号を持つ男のクールな殺気、アイロニカルなユーモア……というボンドの基本形を確立したショーン・コネリー。しかし、無敵に見える初代ボンドにも弱点はあった。ボンド役に抜擢されるまで無名だったコネリーにはどこかハングリーな若さが残っていて(それがまた魅力でもあったのだが)、贅沢を知る優雅な英国紳士ボンドには似つかわしくない。ワインの年代がどうのこうのとウンチクを傾けるようなシーンが、コネリー=ボンドは今ひとつ板についていない感があった。


 ジョージ・レイゼンビーはコネリーの路線を忠実に引き継いだ2代目ボンド。クールさでは劣るが、アクションの身のこなしはコネリーに勝った。レイゼンビー主演の『女王陛下の007』はシリーズ中唯一、ボンドがマジに恋愛して結婚までする。ドラマチックな傑作としてファンの評価も高く、モデル上がりのシロウト役者だったレイゼンビーも意外な演技力を発揮している。それが一作だけでレイゼンビー降板となったのは、不評だったからではない。自分はスターになったと勘違いしたレイゼンビーが、007を続けなくてもキャリアを築けると思い込んでしまったのだ。調子こいて自分からボンド役を降りたことを、後にレイゼンビー自身が若気の至りだったと認めている。


 3代目のロジャー・ムーアはシリーズ中最多の作品を残したボンド。30代ぐらいの人にとっては最もなじみ深いボンドの顔だろう。ムーアのマイルドなキャラクターを得てシリーズはコメディ色を強め、子供も楽しめるファミリーピクチャー路線へ変質していった。007を長寿安定ブランドにしたムーアの功績は多大だが、彼はボンドを活劇のヒーローというよりも、スペクタクルショーの合間にジョークをはさむ司会者みたいな存在に堕落させてしまった。アクション能力は歴代ボンド役者の中で最低である。ただし、ボンド役以前からすでにスターだったムーアは、リッチでグルメなボンドというイメージにおいては最高かもしれない。


 4代目のティモシー・ダルトンは、おふざけに傾きすぎたムーア路線からボンド映画をシリアスなスパイ映画に引き戻すべく奮闘した。つねにイメージチェンジと原点回帰の両方向を繰り返してきたことが、40年も続くシリーズの長寿の秘訣である。シェイクスピア劇出身の本格派ダルトンは、スパイとして生きるボンドの暗い内面を誰よりも深く演じた。主演の2作はシリーズ中でドラマ要素が最も高い傑作なのだが、興行的には失敗した。ダルトンの最大の弱点は、女をイチコロで落とすボンドのセックスアピールが皆無だったことだ。


 プロダクションがさまざまなトラブルを抱えたこともあって、ダルトンの2作以降にシリーズは一時休止期を迎える。その危機を救ったのが5代目ボンド、待望のピアース・ブロスナンのボンド役就任だった(実はムーア後の4代目ボンド第一候補だったが、諸種の事情からダルトンに譲った経緯があった)。ブロスナンは歴代で最もバランスのとれたボンドである。コネリーのようにクールな色気、レイゼンビーのようなアクションのキレのよさ、ムーアのようにセレブな華やかさ、ダルトンのようにパッションのある演技……すべてを兼ね備えたブロスナン=ボンドは、古くからのファンを納得させると同時に新しいファンも獲得。作品は興行的にも(日本を除けば)大成功した。ワタシ個人的にはコネリーさえも超えた最強ボンドだと惚れ込んでいたので、引退は実に惜しい。


 さて、6代目ダニエル・クレイグはどんなボンドを演じてくれるのだろうか。ヒュー・ジャックマンやジュード・ロウなど錚々たる名前が噂された後に、あまりにも地味な印象のクレイグ。今回の襲名披露には世間の反応も冷ややかだ。ルックスはさほど二枚目でもなく、初の金髪ボンドというのが唯一の売り。しかし、脇役俳優として多彩な役柄をこなしてきたクレイグは演技力の点だけは期待できる。ダルトン=ボンドに近い路線になるのかもしれない。


 このイオン・プロ製作による007シリーズは、イアン・フレミングの原作を使い果たした後はオリジナルストーリーで続けてきたのだが、次回作『カジノ・ロワイヤル』はひさびさにフレミング原作の映画化である。ファンならご存じと思うが、『カジノ・ロワイヤル』は原作小説の第一作であり、イオン・プロより先に映画化権を獲得していた別のプロダクションによって67年に一度映画化されている(ただし、ハチャメチャなパロディ映画として)。原作はボンドと悪役ル・シッフルの駆け引きが見どころのストーリーなので、演技派クレイグを活用したシリアス系スパイ映画の傑作になることを期待したい。


 私が初めてボンド映画を観たのは、小学2年か3年の頃。兄貴が親父にせがんで、今は亡き倉敷駅前の三友館に連れてってもらったのだった。
 シリーズ第2作目『007/ロシアより愛をこめて』だった。私が生まれた年に作られた映画だから、もちろん初公開時ではなく、リバイバル上映である(ちなみに、初公開時は『007/危機一発』というタイトルだったから、マニアには『ロシアより愛をこめて』と書いただけでリバイバル以降のことだと分かるのです。さらにトリビアを加えると、最初に「危機一髪」ではなく、わざと「危機一発」という誤字タイトルにしたのは、岡山県高梁市出身の水野晴郎センセイのアイデアだ)。
 初代ボンド、ショーン・コネリーの、しかもシリーズ最高傑作の誉れ高い『ロシアより愛をこめて』が、私の007ファン道の始まりだった。ロジャー・ムーアから入ってるような連中とは違うんだぜ、というのが私のつまらない自慢だ(本当につまらないが)。


 今のシネコンのように全席指定や入れ替え制ではなかった昔の映画館では、適当な時間に入って映画の途中からでも平気で観る客が多かった。私も『ロシアより愛をこめて』を観た頃は何もこだわらず、親に連れられるまま途中から観た。三友館の暗闇の中に入って、いきなり目に飛び込んできたのはスクリーンいっぱいに広がるダニエラ・ビアンキの肢体だった。
 映画の終盤、ダニエラ・ビアンキ演じるソ連の女スパイ、タチアナ・ロマノワ(こんなフルネームも暗記してます)がボンドと一緒に逃避行を続ける。睡眠薬で眠らされたタチアナを花屋のトラックの荷台に寝かせて運ぶボンド。美女ダニエラ・ビアンキが満艦飾の花びらに包まれて艶めかしく寝返りを打っている……。小学校低学年男子にとってはカルチャーショックな“めくるめく大人の世界への入り口”がそこに開かれていた。子供だった私には、どうして女スパイはボンドと一緒に寝ると味方になってしまうのか、その意味が具体的には理解できていなかったのだが、男の子の本能として感覚的には理解できていた。ちなみに、たしか併映は『続・夜の大捜査線』だったと思うが、こちらは大人の映画すぎてストーリーさえ理解できなかったようだ(まるで内容を覚えていないが、ネグリジェ姿の女の人が出てきたような印象だけが残っている)。


 駅前再開発で三友館が取り壊されてからすでに四半世紀。現在の東ビルの敷地の一角がかつて三友館があった場所だが、その東ビルの三越も閉店したし、三友館から転身した西ビルの書店「三友書房」も閉店してしまった。これじゃ「三友館は二度死ぬ」だ。倉敷駅前の惨状には胸が痛む……。

 ビートルズの『イン・マイ・ライフ』でも歌いましょうか。

 There are places I remember
 All my life, though some have changed,
 Some forever, not for better,
 Some have gone and some remain...


(※画像は今は亡き岡山の映画館たちの、昔懐かしい割引券です。)