20代の頃、私も会社勤めをしたことが少しだけあった。その頃の話だ。2つほど年下の同僚がいて、そいつが変なことを言った。何かの流れで空の星の話になって、「金星っていうのは、あの昼間出てる月みたいなやつですよね」と言い出したのだ。
「金星はアレだよ、明けの明星とか、宵の明星とか……ほら、子供の頃、日が暮れてそろそろ帰ろうかなって時、西の空に明るい一番星が見えただろ」
「ええ、ええ、だから、月みたいなやつですよね」
「いや、月ほど大きくはないけどさ……」
「えっ? 月と同じくらいの大きさでしょ? 金星って昼間に見える月みたいなやつのことでしょ?」
「ん? 昼間見える月みたいな……って何のこと言ってるんだ?」
「たまに、昼間の空に月みたいなのが見えることがあるじゃないですか」
「それは……月だろ」
「えっ? 月って昼にも出るんですか?」
よくよく話を聞いてみると、そいつは月は夜にしか出ないものだと思っていて、明るい間に見える月は月ではなく、金星だと思って20年以上生きてきたらしいのである。世の中には驚くほど物を知らない人間がいるということを、私は社会に出て学んだ。
それから約20年後、この正月に姪っ子に会って、私はもっと衝撃的な事実を聞かされた。私の姪の一人は高校1年生なのだが、その姪がつい最近まで「アメリカは月にある」と思っていたと言うのである。高校生にもなって、である。
「な、なんで、そんなとんでもないことを考えたんだ?」
「だって、外国行く時は飛行機に乗っていくじゃん」
「飛行機は宇宙に行くわけじゃないぞ」
「でも月は空にあるじゃん」
「いや、お前……空と宇宙は違うぞ。ぜんぜん違うぞ」
「うーん……宇宙って何?」
「だから……宇宙は空よりも、もっと遠いとこだよ」
「そんなのよく分かんないしぃ、空を飛んでいくんだから、アメリカは空にあると思ったの」
「じゃ、じゃあ、フランスはどこにあると思ってたんだ」
「フランスは……また別の星」
「べ、別の星ぃ?」
「だからぁ、アメリカはいちばん大きいから月にあってぇ、他の国はもうちょっと小さいとこにあるんじゃん?」
「じゃあ、国の数だけ星があると思ってたのか?」
「うん」
ここまでくるとファンタジーである。この子に『星の王子様』を読ませたら実話だと思うだろう。こんな子に北朝鮮問題をどうやって理解させればいいと言うのか。
物事は、当たり前のことからひとつずつ教えていくしかない。私は映画について文章を書く仕事が多いのだが、なるべく当たり前のことを大事にしたいと思っている。
凡人が気づかないような深い視点で映画を切る評論家や、普通の人が知らないような事実を取材して伝える映画ジャーナリストや、並の人間よりはるかにふざけた態度で映画を語る面白コラムニストになれれば、世間から賞賛を得られる。残念ながら私にはそれほどの才能も体力もないのだが、ただの普通の映画好きオヤジだからこそ、やるべきことがあると思っている。映画について当たり前のことを教える文章は意外に少ない。それを誰もやらなくなってしまえば、世の中の映画学力が低下していく。
「映画検定」なんてものができているが、ああいうトリビアルな知識を競うのは、映画をある程度分かっている人たちの遊びだ。もっと根本的に映画を理解できていない人たち、「映画って野菜の一種でしょ?」などと思っている人たちに向かって教えるべきことがある。
というわけで、今年も映画について当たり前のことを書いていきます。「そんなの分かってるよ」と思う映画学力の高い人には意味のないページですが、本年もそんな感じでよろしく。