わがアジアンビーハイブは透明性を重んじる社風がある。社員のヒトミちゃんには、現在の会社の口座の残高を惜しげもなく見せる。いっぱいあろうと、なかろうと。
「おお、200万円を超えたぞ! ヒトミちゃん、見なさい!」
「きゃああ、お金持ちですね!」
これが先月の中旬。しかし、2週間後の現在は100万円と少々。「なんだかなあ」とぼやいていたちょうどそのとき、印刷屋さんのYさんが請求書をもって事務所にやってきた。請求があることを完全に忘れてた。頭のなかでチーン、残高の桁数が一桁マイナスに。お金って、入ってくるのはめちゃくちゃスロウなのに、出て行くのはなんでこんなに速いんだ? でも、つい一カ月前に、口座に数千円しかなかったことを考えると、残高に数十万円もあれば旅行にでも行ってみるかぐらいの余裕なのだった。
先日、大阪でデザイン事務所をやってる友人のYクンと児島でご飯を食べた。彼とぼくの会社の規模はほぼ同じ。話の流れで、お互いの貯金の自慢話になった。自慢といっても、どれだけないかで競うという貧乏自慢である。
「オレはヒドいよ、あるのは500円玉貯金だけだから」
貯金のなさでは自信があった。現在の500円玉貯金の額、約6万円なり。
「いや、ぼくもそうなんですよ。というか、そうだったんです」
Yクンはそう言って、携帯電話を取り出し、一枚の写真を見せた。そこには500円玉10個の塊で作ったピラミッドがあった。いくらあるのか見当がつかない。
「これね、9年間かかって、80万円以上貯めてたんですよ」
そういって、なんともいえず悲しそうな表情を浮かべた。
「つい最近、経理を手伝ってもらってる女の子から、『口座の残高がヤバいです!』と言われたんです。でね、その500円玉貯金を全部会社の口座に入れたんです。悔しいから、記念にピラミッドを作って写真を撮ったんですよ」
彼の苦しみ、悲しみをぼく以上に理解できる人間はいない。それをYクンも知ってるのだ。ぼくはYクンの心の慟哭を我がもののようにリアルに感じていた。しかし、そこは基本他人なので、その80万円だか90万円を銀行に持って行くYクンの姿を想像し、ぷっと笑いがもれた。
「ところでこんだけの500円玉をどうやって銀行に持って行ったの?」
「トートバッグみたいなのに入れて」
ぷっ、がぐははははの笑いに変わった。
「そう、そうなんだ。やったねえ、Yクン。スゴいよ、スゴい!」
いや、おかしいんだけど、本当に言葉通り、Yクンをスゴいと思っていた。以前よりも格段と親近感もおぼえた次第。
そのYクンと、Yクンの事務所で働いているTクンと先週の土曜日、大阪でお昼を食べた。カレーの有名店で、並んだだけあって結構おいしかった。
帰ろうとして店を出て、Yクンが「あっ!」
「どうしたの?」
「チェーンがはずれてる……」
Yクンが乗って来た自転車のチェーンがはずれていた。Tクンが素手でチェーンに触れて直そうとした。が、これがなかなか入らない。どうもチェーンがどこかに当たっているようだった。通りのはじっこで四苦八苦するYクンとTクンにぼくは、「打ち合わせがあるから、じゃあここで」。
彼らを残してその場を去った。ふたりは並んで立ち上がり、チェーンのはずれた自転車を支え、満面の笑顔で見送ってくれた。ぼくはYクンとTクンの視線を背中に感じながら、彼らにはいつかきっと幸せが降りてくる、そう思った。