新・不定点観測

赤星豊

vol.459 アジフライ

 冷蔵庫にご飯の残りを見つけた。茶碗に4、5杯分はありそうだ。
「オトン、明日はチャーハンにするから、夕飯のご飯は炊かんといて」
「よっしゃ、わかった!」
 最近、オトンの「よっしゃ」が全然信用できない。だから念をおすことを忘れない。
「ご飯いらんのんで、頼むよ」
「よっしゃ、わかった!」
 翌日の夕方、いつものようにマルナカで買い物をして家に戻る。買い物の袋をダイニングのテーブルに置き、さて、やるか。シンクの水道をひねってお味噌汁の準備にかかる。と、右手にある炊飯器の小さなランプが点灯しているのが目に入った。
「あああ! ご飯、炊いとる……」
 その翌日の赤星家の夕飯はチキンライスだった。


 チャーハンの翌日がチキンライスなんて、普通の老夫婦なら「勘弁してください」というところだろうが、うちの親は完全にウエルカム。鳥の唐揚げとかカレーライスとか、子供が喜びそうな肉中心の食事がとにかく大好きなのだ。逆に嫌いなのが魚。とくに脳梗塞を起こして以来、うちのオカンは魚と口にしただけでものすごい顔をする(その顔がまた腹が立つのだ)。
 開いた状態の生のアジを買って、フライにした。マルナカで揚げているのも売ってるんだけど、やっぱり家で揚げたら断然うまい。
「これ、なんでえ?」
 いつものように、ネズミの死体でも見るような顔でオカンが言う。
「これはな、アジの……」
 オトンの言葉をぼくが制した。
「オカン、鶏肉じゃ」
「トリニク?」
「そう、鶏肉」
 オカンが左手にもったフォークで、あらかじめカットしてあった一切れを口に入れた。オカンが魚を自分で口に入れたなんて何年ぶりだ? しかし、それから2分もしない間に。
「これ、なんでえ」
「ん? 鶏肉」
 また一切れ口に入れた。
 ほどなく同じやりとりの三度目があった。三度目もオカンはアジフライを口に入れた。
 こうして、オカンに魚を自分で食べさせることに成功したわけだが、いまひとつ後味がよろしくない。小骨が歯の間に引っかかったような。でも、これからしばらく同じ手でいこうと思う。オカンには、ぼくが死んだらあの世で謝るつもりだ。「ごめんな、あれ、実はアジフライだったのよ」