この間、スーパーのマルナカでレジをすませ、レジを出たところで買ったものを袋詰めしていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「アンタ!」
うちの親戚かと思ったら、まったく見ず知らずのおばちゃんが。おばちゃんの買ったものを間違えてぼくの袋に入れてしまったとか。そんな感じのキッツい「アンタ!」だった。
「は、はあ?」
「アンタ、ええマフラーしとるなあ」
そのときぼくが身につけていたのは、6年ぐらい前に中目黒で買った紺色の地にブルーのストライプが入ったウールのマフラー。
「その上(ジャケット)とよう合うとる。アンタ、ええセンスしとるな」
60歳過ぎのおばちゃんにファッションをほめられた。
「うん、ほんまよう合うとるわ」
そう言いながらおばちゃんは去って行った。
昨日の日曜日、KJの校正の戻しが終わった。これで最終号がすべてぼくの手を離れた。あとは発送の準備やらなんやら、まだやることはあるのだが、これでKJが完全に終わったという気持ちの区切りがつく段階だ。
でも、正直なところ、「終わった」という感慨は、ない。寂しくもなければ、悲しくもない。嬉しくもないし、そんなにほっとした感じでもない。なんだろう、この冷めた感じは。
思えばこの5年、ありとあらゆる人と会い、考えられるありとあらゆることをやった感がある。5年前にKJを始めた頃は、髪の毛も黒かった。でも、いまやジョーと15R戦った後のホセ・メンドーサみたいになってしまった。濃密な5年だった。
感慨がないのは、感慨にふけっている場合じゃないというのもあった。校正の戻しを東京に送り終えた後、事務所に戻って、早速次の仕事にとりかかった。倉敷市が発行する児島のPR雑誌『風と海とジーンズ。』。KJの校了日の翌日がこの雑誌の最終入稿日だったのである。
日曜日の夜、リュウくん、ヒトミちゃん、『風と海とジーンズ。』編集長のぼく。事務所のコンパネの壁に貼付けた24ページ分の出力した用紙を眺めつつ、デザインを詰めていく。最後の最後、冒頭の2ページのキャッチコピーの位置がしっくりいかない。リュウくんがレイアウトしているそばから出力してテーブルの上で検討していく。A案、B案、C案、D案……なかなかこれという位置がない。E案あたりになって、リュウくんが「ヒトミちゃんもやってみる?」。ヒトミちゃんに代わって、F案、G案、H案、I案、J案……次々とあがってくるレイアウトにリュウくんがアルファベットの合い番をつけていく。
「Lの次って、なんでしたっけ?」
リュウくんも相当きてるみたいだ。
「Mだ」
「N?」
「エ・ム!」
M案までいったところで、しっくりいかないのはコピーそれ自体がよくないんじゃないかということになった。え、オレか? まあ、そう言い出したのはぼくなんだけど。
結局、ヒトミちゃんが帰った後、リュウくんとふたりでコピーの検討会。
「やっぱ、ダサいな、ダサい! これないわ」
ゼロに戻った。
で、二行にわたっていたコピーの一行を削ることにした。肝心の後半の部分を。リュウくんが早速、一行だけになったコピーをレイアウトして出力した。
出力したプリントを同時に見て、同時に確信した。
「生まれた……」
かくして納得のいくコピーが誕生した。
「これ、通ったら(許可が出たら)、アヴァンギャルドですね」
「いや、通るとか通らないとかじゃなく、これでいく」
こうなったら相手が市長だろうが県知事だろうがオバマだろうが、いくといえばいくのだ。
本日、『風と海とジーンズ。』の入稿が終わった。KJに引き続き怒濤の2連チャン進行。どちらも燃え尽きた。そうだ、感慨がないのは燃え尽きたからか。「なんにも残らねえ、灰になっちまったよ」。オレ、ホセだけど。