今日の午後は春みたいだった。車の窓を全開で走った。風が気持ちよかった。ちょっとひんやりしてたけど。夕方からは倉敷中央病院に行った。オカンが入院して4日になる。
今日までの検査で結核ではないと診断された。ちょっとほっとした。結核と診断されていたら入院は長くなるはずだった。2カ月とか4カ月とか。もしもそうなったら困ったことになっていた。でも、入院している期間、ご飯を作らなくてもいいと思うとそのことでほっとしている自分もあり、さてどっちがよかったのかはわからない。ともあれ、まだ喀血の原因がわかっていないので、さらに検査入院は続くことになる。
オカンはいたって元気だ。ベッドに横になったままうるさいぐらいしゃべっている。たいていは不平不満の類いだ。「もう家に帰る」とか「看護師さんを呼べ」とか言ってはオトンをオロオロさせる。それがまたしつこいのなんの。だいたいぼくが「家にはしばらく帰れんの!」とか「看護師さんも忙しいの!」とかキツめに言っておとなしくさせる。オカンの前では冷血漢のぼくなのだ。でも、今日のぼくは過去2、3年のなかでいちばん優しかった。昨日の晩、オカンの事をいろいろ考えていたらメチャメチャかわいそうになってきて、「明日は優しくしよう」と決めていた。
「これ、上にもちあげて」
唐突にオカンに言われた。が、「これ」がどれなのかわからない。
「これって、これ?」
腕の上に垂れた点滴の管をもちあげた。
「違うわ、それいろうたら(触ったら)いけんのんじゃが」
「はあ、ほな、これ?」
オカンの手をとってもちあげてみた。
「なにしよん(なにしてるの)! これじゃが」
この時点で、すでに結構きているぼく。でも怒ったりしない。
「これか?」
オカンの胸のところに置いてあったタオルをもちあげた。
「違うがな」
「これ?」
布団をもちあげた。
「違うわ!」
ぼくの額には「井」みたいなマークが浮き出ていたかもしれない。それでも怒ったりしなかった。今日のぼくはまるで仏さまのようだった。
「もうええわ」
ため息まじりに言われた。結局、「これ」がなんだったのかはわからずじまい。もしかしたら、目には見えないなにかがオカンのうえにのっかっていたのかもしれない。貞子みたいなのが。
帰りにトリオ食堂に寄って夕飯を食べた。ここでのご飯は本当に落ち着く。家よりもずっと。ここしばらく、こんな生活がつづくような気がする。大変だと思われるかもしれないけど、ご飯は作らなくっていいし、オカンは元気だし、トリオのご飯はおいしいし。実は入院前の普通の生活よりも楽だったりする。明日もオカンには優しくしよう、と車のなかで思った。