新・不定点観測

赤星豊

vol.415 富と名声

 ペイネのアサコさんの占いによると、ぼくの昨年と今年は2年続けての天中殺らしい。ぼくはなにやら天中殺が人の倍の数ある珍しい星のもとに生まれているらしく、昨年と今年は災厄がまとめてふりかかってくる最悪の2年間の只中にいる。
「でも、今年も残すところあと少しだ。これでやっと天中殺が終わる」
「なに言ってるのよ、12月が終わりじゃないのよ。終わりは来年の2月、節分よ」
「げ、マジ?」
 占いには旧暦を用いているという。あと2週間で終わるところが2カ月半に延長だ。まあ、それもよしとしよう。なにせ占いによると、ぼくの来年は、今年と去年の2年間の負を一気に取り戻すような幸運に恵まれるからだ。もう2年ぐらい前になるんだけど、アサコさんははっきりこう言った。
「赤星くんの2010年はスゴいわよ、富と名声がいっぺんに両方入ってくる」
 はっきり言って、占いの類はそれほど信じていない。なのに、この言葉だけはまったく疑うことがなかった。実に2年もの間、盲目的に信じきっていた。給与を払う余裕なんかこれっぽっちもないのに、今年の春にヒトミちゃんをスタッフに加えたのにもこの言葉が少なからず影響している。「どうせ来年は富が入ってくるんだし」みたいな感じで。


 ところが、最近、ちょっと懐疑的になってきた。10日ぐらい前だった。「オレは大丈夫なのか?」と考え始めた頃とときを同じくしている。たぶん、乖離した現実との溝を埋める時期にあったんだと思う。ここにきて初めて、「しかし、富と名声なぞはどのようにやってくるのか?」と考えてみたら、これがまったく思いつかなかったのだ。そして考えれば考えるほど、富と名声は遠のいていく。


 6月に発行した山陽新聞の「地方人宣言」。先日の岡山広告温泉で2位に甘んじたあの作品を、福岡の広告賞「FCC賞」に応募した。金曜日の深夜、リュウくんがパネル貼りした作品を事務所にもって来てくれた。翌日にぼくが宅急便で送る手はずになっていた。
「これ、コピーライターの賞じゃないの?」
 作品の応募用紙を見てリュウくんに言った。
「そうですよ」
「これ、コピーないじゃん」
 この「地方人宣言」はポートレート写真だけで構成されている。あえてコピーは入れていない。それにしても、コピーの賞がコピーなしでいいのか?
「赤星さん、これ作ったときに言ったじゃないですか。『コピーがないのがコピーだ!』って」
 言いそうなことだ。というか、たしかに言った。言いました、わたし。
 翌日の梱包はなかなか手間がかかった。この間、ストーブが送られてきたときにとっておいた白い緩衝材でパネルを綺麗に包み、包んだあとになって、応募用紙をパネルの裏に貼り忘れたことに気づき、梱包をほどいてまた一から包みなおし、さらにダンボールを適当なサイズに切って、ガムテープと紐でぐるぐる巻きにした。1時間以上もかかった。
 梱包しながらふと思った。
(もしかしたら、これが富と名声をもたらしてくれるアレじゃないか?)
 審査は今週の土曜日だ。これがアレじゃなきゃ、なにがアレなんだ?