新・不定点観測

赤星豊

vol.406 スズメの恩返し

 珍しいお客さんが来た。昨日の午後のことだ。
 事務所で机に向かって仕事していると、事務所の入り口のところで「バン!」と音がした。うちの倉庫はいつもシャッターを開け放しているので、前を通る小学生が事務所のアクリル板の壁になんかぶつけたんだと思った。でも、瞬時に振り向いたが表には誰もいない。アクリル板も傷がついているわけでもない。ぼくはすぐに仕事に戻った。
 しばらくして、事務所の入り口のところでヒトミちゃんの悲鳴が聞こえた。
「どうしたのよ?」
 ヒトミちゃんはそこに突っ立ったまま。答える代わりに目線でぼくを促す。そこを見ろと。そこというのは事務所のまさに入り口のところで、コンクリの床の上に茶色の小さな物体がある。小さな枝のようなものが生えていて、それがプルプル震えている。───ぼくは一瞬にして、さっきの「バン!」を理解した。そこに転がっているのはスズメだった。スズメがアクリルの板があるとわからず部屋に突っ込もうとして激突したのだ。なんておっちょこちょいなヤツだ。スズメは瀕死状態だった。横たえたカラダはぴくとも動かず、脚だけがプルプル痙攣している。瀕死じゃなくって、もう死んでるのかもしれない。
 手にとると、ちょうど掌におさまった。こうやってスズメを間近で見るなんて初めてだった。すごく温かい。生き物の温かさだ。真っ黒な目は開けたまま、くちばしも大きく開いている。なんだか無性にいとおしくなってきた。なんとか生き返らないものか───と、開いた目が突然ぱちくり、まばたきした。あれ、こいつ、生きてる。と思うと羽を少しだけバタつかせて立ち上がり、ちょん、ちょんと、ぼくの手首のところにとまった。もしかしたらこいつ、脳震とうを起こしてただけなんじゃないか? ほっと胸をなでおろしたところで、すぐ隣で見ていたヒトミちゃんが「ああああっ!」
「ど、どしたん?」
「ウンコしてます、このスズメ!」
 ぼくの着ていたパーカーの袖のところに。汁つきのヤツを。
「ゲッ、こいつ!」
 バタバタバタバタ。スズメはこちらを振り返ることなく、低く飛び去った。あの飛び方からすると、まだダメージは残っているのかもしれない。またどこかにぶつかったりしなきゃいいけどなあ、なんて人がよすぎやしないか、オレ? 助けたお礼がこれか、汁ウンコか。冗談じゃないよ、恩を仇で返されたとはまさにこのことだ。
 しかし、待てよ。助けたお礼にウンコ……もしかしたら、ウンコだけに運をもたらしてくれるんじゃないか───。一瞬、そんな考えも頭に浮かんだが、編集長が袖にスズメのウンコをつけたまま一日を過ごすわけにもいかないので、速攻、拭き取った。
 今日もスズメを見ると、あいつのことを思いだす。あいつのことを思い出してもて、腹は立たない。なんかちょっとおかしいだけだ。