新・不定点観測

赤星豊

vol.401 やらこいって

 最近、農協で野菜の市をやっているのを見つけた。平日の朝から午後1時まで。その日地元で採れた野菜が生産者の名前とともに販売されている。スーパーで見る野菜よりもはるかに新鮮、野菜のうまみが違う。ぼくは夕方の買い物に加えて、この農協もときどきのぞくようにしている。それもこれも、あの人たちに、偏食の鬼ともいうべきオトンとオカンに、少しでもうまい料理を食べさせてやりたいという思いからである。
 昨日は農協で買ったごぼうを使ってきんぴらごぼうを、さらにみずみずしい春菊を使ってみそ汁を作った。この春菊が素晴らしかった。食感を残すべく絶妙の火の通し方で、我ながら見事なまでにおいしいみそ汁が出来上がったのだった。
 赤星家の食卓は、滅多なことでは「おいしい」という言葉が聞けない。オトンに「どうよ?」と聞くと、大抵きまって「おお、食えるで」と、そんなむなしいやりとりになるので感想を聞くことも滅多にない。でも、昨晩はあまりに春菊がおいしかったので、オトンに聞いた。聞いてしまった。
「どうよ? この春菊?」
 オトン、即答。
「おお、やらこうて(柔らかくて)うまいわ」
 やらこいって、なんだそれ? ステーキとかじゃあるまいし。それにこっちは火を加減して、逆に春菊の食感を残そうとしているのに。
 でも、そんなことで目くじらをたてるほど子供じゃない。気を取り直して、きんぴらに話題を振った。このきんぴらもまた、最高にうまくできていたのだ。やっぱ、ごぼうが違うんだよね、ごぼうが。
「きんぴらはどうよ? このごぼう、うまかろう?」
 さすがにこのごぼうは……。
「おお、やらこうてうまいわ」
 ───プチ切れした。
「やらこい、やらこいゆうて、なんや、それ!」
 オトンはなぜにぼくが怒っているのか、わけがわからないという感じだった。
「ごぼうがやらこいゆうて、なんなん! 煮たらなんぼでもやらこうなるわ!」
 怒りにまかせてそう言いながら、「ごぼうがやらこい」という語感がちょっとおかしくなり、さらには「煮たらなんぼでもやらこうなるわ!」という返しがあまりに子供じみて情けなくなり、怒りとおかしさと情けなさがないまぜになった初めて経験する気持ち悪さで、ぼくは突然黙ってしまったのだった。


 今日は今日でまた暴発寸前までいった。昨晩から、例の農協で買った大根を煮込んでいた。すじ肉と玉子と一緒に、鷹の爪を入れ、若干韓国風の煮物。甘みのなかに鷹の爪がぴりっと効いて味付けは最高だ。大根は絶妙な加減のやわらかさで、出汁が染みこんだ玉子も実にうまそう。二日間かけただけのことはあった。
 配膳が終わり、さあ食べましょう、こたつに入り込んだ。と、目の前に見たことがない黄色っぽい小さな袋が。なんだこれ? 指でつまんで顔に近づけてみる。「和がらし」とあった。ん? 和がらし、とな? 目の前のオトンに目をやった。大根と玉子にひとつひとつ、袋から黄色い練り状のものを塗りつけている。
「ああああっ!」
「どしたんなら?」
「そ、それ、おでんじゃねえけん!」
 オトンもまっすぐこっちを向いた。ちょっと悪いことをしたという顔をした。
「お、ほんまか? てっきりおでんじゃ思うたがな」
 隣でオカンが言った。
「昨日もおんなじようなん、食べたなあ」
 萎える。うちの食卓は、マジで萎える……。それでも明日もご飯作る、ぼく。農協行く、ぼく。