新・不定点観測

赤星豊

vol.398 飛行機コワい

 成田を出発して2時間ぐらい、滅多にないビジネスクラスでの機内食を楽しんでいたときのことである。ひと月ほど前に治療を終えた下の奥歯、その根元にしかけられたプラスチック爆弾が、ボンッ! 激痛に頭のなかが真っ白になった。頭痛がしたときのために機内に持ち込んでいたバファリンを2錠、すぐに飲み下した。それからの30分はなにも考えられず、ただただ痛みに耐えていた。


 ロスにいる間はなんともなかった。しかし、ロスからNYへ向かう飛行機のなか、再び激痛に襲われた。その機内でもバファリンでなんとかごまかしたが、こうなると飛行機に乗るのが恐怖以外なにものでもなくなった。あと何回飛行機に乗るんだ? NY→ロンドン→ドバイ→香港→成田。あと、4回。あと4回もあの痛みを経験すると思うとドーンと気が重くなった。気圧の変化で歯が痛くなるという話はいつか聞いたことがあった。案の定、NYからロンドンへの飛行機のなかでも痛みに襲われた。歯の奥でマグマがふつふつと沸きあがり、一気にボンッ! さらにはあまりの痛みに頭痛も併発。こうなりゃバファリンの一気飲みである。いったいこれまで何錠バファリンを飲んだことか。頭をよぎるのは鎮痛剤の作用で亡くなったマイケル・ジャクソンだ。オレもマイケルみたいに死ぬんじゃないか? バファリンの飲みすぎで。ロンドンに到着した夜、シャワーを浴びたら、髪の毛が異常に抜けているような気がした。
 ロンドンの夕方、日本時間で朝の9時に行き着けの児島の歯科医院に電話した。
「飛行機に乗ったら、歯が痛くてかなわんのですけど」
「ああ、そうですか。それは化膿している可能性がありますね」
責めるような口調で言ったんだけど、先生は淡々としている。まるで他人事みたいに。まあ、他人なんだけど。
「どうにかなんないですか? あと3回も飛行機に乗らなきゃ帰れないんです」
「はあ、もう冷やすぐらいしかないですね。それも気休めですけど」
 気休めなら言うなよ、先生。
「まあ、なんとか帰ってきてください」
 その夜、ベッドに入ると、地上で初めて歯が痛くなった。マイケルのことが頭をよぎりながらも、またバファリンを飲んでベッドに入った。朝、カラダが冷たくなったぼくを一番に発見するのは誰だろう、なんて思いながら。


 残りのフライト3回、すべてお約束のように痛みに襲われた。最後の香港→成田のフライトを終えたときは、涙が出そうになった。


 帰ってきてから、いろんな人に「どうだった?」と聞かれ、「楽しかったですよ」と応えているが、本当のことを言うとつらかった。早く日本に帰りたかった。ひとえに歯痛のせいで。ちなみにあの歯は、昨日、例の歯科医院に行って神経を抜いてもらった。
「これで痛むことはもうないですよね」
 ぼくは相当なヘロヘロの状態、おまけに涙目だったかも。
「はい、たぶん」
「たぶん……たぶんって?」
「違う歯が痛んでいた可能性もありますから、まあ様子を見ましょう」
「…………」
 もうしばらく海外には行かないと思う。飛行機、コワい……この歯医者もコワい。