うちのオトンには妹が3人いる。当然、ぼくの伯母にあたるわけだが、子供の頃はこの3人の見分けがつかなかった。三つ子でもないのに、まったく同じ顔に見えるのだ。我がオトンが本家と距離を置いていたがために会う機会もめったになく、見分けがつかないままぼくは東京に出てしまったから、実はいまもって見分ける自信がない。
その伯母のひとりが昨年亡くなった。腎臓を患い、長く透析を受けていた。そんな伯母が、生前、どこで手に入れたのかKJを見ていて、ぼくの活動を応援してくれていた。葉書をくれる程度なのだが、それでも一度会っておきたいと思っていた。
最後に伯母に会ったのは7、8年前、オトンが心臓の手術を受けたときのことだ。伯母と長女である従妹のY子が見舞いに来てくれた(Y子が献身的に母親を介護しているという話は以前から聞いていた)。あれが最後だったと思うと、やはりいまも残念な気がしてならない。
今年、KJのvol.8が出て、亡くなった伯母の家に送った。しばらくしてY子から葉書をもらった。特別なものじゃない。普通にお礼と近況を述べた葉書。ぼくはそれに対してなにも返していない。今週、またvol.9を送った。今度は葉書を同封することにした、Y子あてに一言書いたやつ。
(ごぶさたしてます、お元気ですか? 伯母が応援してくれていた雑誌の最新号ができたので送ります。)
そこまで書いて筆が止まった。本当は「今度、飯でも食うか?」みたいなことを書きたかった。でも、従妹とはいっても、これまでまともに口をきいたことがない。町ですれ違っても絶対にわからない。それぐらい疎遠も疎遠。しかも、年齢も40歳ぐらいになっているはず。そんな大人の女性に、従妹だからといってご飯を誘うのはいかがなものか? 止まった筆はそれから20分ほどまったく動かなかった。
なぜに口もまともにきいたことがない従妹に「飯でも食うか?」と言いたかったのか。理由は簡単だ。他人とほとんど変わらないY子だが、身内の誰よりも親近感をおぼえるのだ。いまも独身なのは関係ないのかかもしれないが、そうであってもおかしくないぐらい、長い間、母親をずっと介護していた。そんなY子とは一度ゆっくり話してみたいと思っていた。もしも時間がなかったとしたら、それでもこれだけは言いたい。「おまえは本当によくやった」と。
(今度児島に来られたときは連絡をください。社交辞令じゃなく。)
結局、ぼくの葉書は上のように結ばれた。そして最後にぼくの携帯の番号を書いた───投函した後になって思ったが、なんか微妙な葉書だ、これは。Y子から不気味に思われてないかどうか、いまになってかなり不安に駆られている……。