2004年8月30日。児島の町は台風16号によって過去に例がないほどの被害を受けた。床上浸水が約2600戸、床下約1700戸。ぼくの実家も床すれすれのところまで水位が上がり、大きな被害はなんとか免れたものの、ガレージに駐車していたオトンの車は海水が入ってオシャカになった。このたびの台風18号は、いやがおうにも5年前の悪夢を思い出させる───といっても、ぼくは当時アメリカを旅していて、その惨状をまったく目にしていないのですが。
台風18号、到来の朝。5年前の台風16号で浸水した我が元浜町エリアは、気味が悪いほどの静けさに包まれていた。こりゃなんかヤバそうだ。今朝のニュースでは「伊勢湾台風なみの大型」とか「過去10年で最大級」とか言ってた。改装・引越しから1年もまだ経っていない我が事務所を死守せねば。早速、午前中にナンバに行って土嚢を買った。土嚢なんて買うのは初体験だ。ナンバから軽トラックを借りて戻り、事務所のいちばんの浸水ポイントである入り口のシャッターのところにヒトミちゃんとふたりで土嚢を積み上げてみる。でも、なにせ初めてなものだから隙間がいっぱい、これじゃ水はいくらでも入ってくる。それに数も足りないようだ。ヒトミちゃんにネットで土嚢の積み方を調べておくように指示して、もう一度ナンバに土嚢を買いに行った。ついでに懐中電灯とブルーシートとガムテープを買って事務所に戻った。
「1列目は横に並べて、2列目を縦に並べるって書いてました」
なるほど、横に並べた土嚢の隙間を縦に並べた土嚢で埋めていくということだ。15分ほどして防水壕が完成した。これでシャッターの下からの浸水はだいぶん防げるはず。と、そこで気づいた。ぼくたちはシャッターを上げたまま作業していた。積み上げた土嚢はシャッターの真下。これじゃシャッターが閉まらんじゃないか。
もう一度やり直し。シャッターを閉めた状態で、そのシャッターの前に土嚢を並べていく。今度は完璧を期すべく、土嚢の下にブルーシートを置いて、片方の端は土嚢を包み込み、もう片方はシャッターの裏に貼り付け、まったく水が入らないようにした(写真参照)。外に置いてあるオリーブとやぶきた茶の鉢を倉庫の中に入れ、倉庫の床に直に置いてあるハンガーポールや観葉植物、自転車、ポスターフレームなんかを事務所に入れた。これ、もう完璧である。うちの倉庫のなかたるや、ノアの箱舟のようだ。ここまでの対策をしている家は近所には見当たらない。というか、近所の人たちはなぜかなにもしていなかった。
「あれだな、近所の人たちはキリギリス、オレたちはアリだね」
事務所を出るときに、懐中電灯を口にくわえてドアの隙間をガムテープでしっかりと目張りした。こうなったら、浸水するような状況を見てみたいもんである。
夕方から降り始めた雨は、夜になっても降り続け、しかし、それほど強くはならなかった。夜の12時、もっともヤバい満潮時刻に、ワクワクしながら車で事務所を見に行った。海は静かだった。水位も低い。ただの雨の夜だった。
日は変わって本日お昼過ぎ。ひとりで土嚢を片付けた。途中で力尽きた。土嚢ってなんて重いんだ? 30個もひとりで絶対無理。また体力が回復してから再開しようと、タバコを吸いながら一服していると、お隣の奥さんが自転車で娘さんを連れて幼稚園から帰ってきた。
「昨日は完全防備でしたねえ」
「ははは……そちらはなんにもしてなかったですねえ」
「5年前に浸水したときはね、水が下水から上がってきたんですよ。でも、それから逆流してこない弁を装備したって聞いてたから、ね」
「ははは……そりゃ昨日聞いておくべきだった」
「そうよねえ、ごめんなさい。またなにかあったら、その土嚢、貸してくださいねえ」
「ははは……」
現在、午後4時。まだすべての土嚢を片付けられずにいる。