新・不定点観測

赤星豊

vol.393 返却写真紛失

 先週、世にも恐ろしい電話を受けた。木曜日の朝のこと。
「もしもし、○○美術館と申しますが」
 それは東京の日本橋にある美術館。そんなところが、いったいなんの用だって?
「以前、お貸しした写真の返却がまだのようなのです」
 瞬間、1万ボルトの電流が脳天に向かって全身を突き抜ける───あれだ。あの写真だ。vol.6のミステリー特集で借りた円山応挙のふすま絵の写真。vol.6といったら、以前も以前、昨年の3月に発行した号じゃないか。その時点でほぼ断言できた。あなたがお探しのその写真は、すでにこの世にはありません。
「大変失礼しました! 至急、探してお返しします!」
 電話を切って、ぼくは頭を抱えた。


 これまで雑誌を20年以上やってきて、写真返却のトラブルは何度かあった。だから、借りた写真はすぐに返す、これを鉄則としてきた。おかげでこの10年ぐらいは同様のトラブルは避けてきた。つまり、返却すべき写真を見たら、ぼくは速攻で返しているはずなのだ。それがないとなるとすでにお手上げの状態なのである。しかもだ、今年の2月には事務所の引越しまでしている。その際に、写真を一度も見ることなく、それが入った袋ごと捨てている可能性だってある。ギブギブ、もう絶対ない。それでもできることをやってみた。印刷所から送り返されたダンボールの中身を確認したり、棚にあるファイルをチェックしたり。案の定、なにも出てきやしない。その日からの数日のブルーだったこと……。


 しかし、奇跡が起こる。あさっての月曜日にはなんらかの連絡を入れなきゃいけないという、まさに瀬戸際の土曜日。出てきたのが、くだんの写真が。Wombで買ったボテ箱のなかから。机の下の足元に転がしてあって、いつも邪魔臭いと思いながらもなにもしてこなかったボテ箱。邪魔だからといっても、この数カ月、なにもしようとしなかったこのボテ箱が突然、我慢できなくなるぐらい邪魔になり、整理しようと箱の中をあけた。と、そこにvol.6の入稿データが入った封筒が。もしや……と封筒の中をのぞいてみると、あった。その瞬間、世の中がバラ色になった。いままで見ていた世界は地味な2色製版だった。いまは完全にCMYK(4色)だ。世界はこんなに美しかったのか! 


 これからどんどん仕事しようっていうときに、ホントはこんなこと書いちゃいけないのだ。貸した写真を1年半も眠らせておくようなヤツに、誰が仕事を発注する? でも、雑誌ビジネスではこの手のことは珍しくない。そのたびに、編集者なりデザイナーなりがどんな思いをしているかを知ってもらいたくて、あえて書いてみた。まあ、これは出版業界、広告業界に限ったことではない。要は、「借りたものは返せ」というごくごく当たり前のことなのだ。