苦い思い出がある。ぼくの進言によって、彼の人生は大きく変わった。最初はいい方向に向いたと思った。周囲のみんなもそうだった。でも、気がついたときには、事態は思わぬ方向に向かっていた。誰もその軌道を修正することはできなかった。ぼくはただただ無力だった。以来、ひとの人生に深く関わるようなことは避けてきた。そんなに機会があったというわけじゃないんだけど。
今日の土曜日と明日の日曜日、児島では年2回の繊維祭が開かれる。児島最大のイベントだというのに、ぼくは昨晩まで知らなかった。
「え、知らなかったんですかあ?」
ヒトミちゃんに言われた。「知らなかったんですかあ?」と言われても何も感じない。「はい、知りませんでした」でおしまい。でも、その後のヒトミちゃんの言葉───。「去年の秋の繊維祭で、赤星さんに再会したんですよね」
なんだ、それ? 100パーセント憶えてない。ハイチ人がぼくの脳に入り込んで記憶を消したか?
「イワイちゃんと繊維祭に行って、Wombに寄ったんです。そしたら赤星さんがちょうど出かけるところで、『おお、久しぶり! 就職は決まった?』って。それでジュースをご馳走になったんですよ」
そこまで言われても、まったく思い出せない。でも、考えたら、ありそうなことだ。
「ふうん、オレは気前がいいねえ」
「はい、赤星さんは気前がいいです」
ぼくが中国デザイン専門学校のイラストレーション科でゼミをもっていたのが2007年の秋から。ゼミが終わってから彼女たちとは一度も会ってないから、約1年ぶりに繊維祭の日に再開したというわけだ。
「じゃあ、そのとき会ってなかったら、ヒトミちゃんもうちに来ることはなかったんだね」
「絶対なかったです」
「イワイちゃんも、リュウくんのところにはいなかったってわけか……」
関わらないようにしてきた、と言いながら、思いっきり関わってる。他人の人生を大きく左右している、このぼくが。
まったく気づかなかったわけじゃない。さすがにそこまでアホじゃない。ヒトミちゃんをうちに入れることを決断する段階で、相当に考えたはずだ(いまとなってはあんまり憶えてないんだけど……)。でも、昨晩のことであらためて責任というものをずっしり重く感じた。
ヒトミちゃんの採用も、ぼくの気前のよさと無縁じゃない。しかし、気前がいいというのは危険もはらんでいる。ぼくのいいところであり、悪いところでもあると自覚している。分析するに、いいところが30パーセント、悪いところが70パーセントぐらいじゃないか。いや、20パーセント対80パーセントかもしれない。思うに、80パーセントも針が「悪」にふれていたら、それはもう完全に「悪」じゃないか。
しかし、だ。もしもヒトミちゃんがいなかったら、トリオ食堂の特集の企画内容も変わっていた。イラストで遊ぼうなんて発想は絶対になかった。ベティスミスのベティちゃんだって、あんなに可愛く変身できなかった(vol.9の広告参照)。彼女のイラストがぼくの仕事の幅を確実に広げてくれている。ぼくに限ってみれば、気前のよさの善悪が、先の分析とは逆転しているようだ。よかったよかった、気前がよくって───なんて、ぼくのことなんかどうでもいいのだ。肝心なのは、ヒトミちゃんの今後だ。
関わったものをいまからとやかくいってもどうにもならない。ヒトミちゃんを一人前のイラストレーターにすることが、ぼくの最大・最優先のミッションだ。彼女にはとりあえず、「3年後の独立」を目標にしてもらっている。イラストレーターとして自活できるように、もしもできなかったとしても、デザインで生活費を補えるように、3年間うちで仕事しながら学んでもらう。ハードルは結構高い。でも、それを果たすことができたら、彼女にとっても、ぼくの気前のよさが吉と出る。
3年後のヒトミちゃんの独立を前提に、実はぼくもいまから準備している。イラストレーターを初歩の初歩から勉強中だ。責任をあらためて痛感した昨晩からは、エクセルも勉強を始めた。ヒトミちゃんが抜けたことで、ぼくが路頭に迷うことのないように。