新・不定点観測

赤星豊

vol.379 会いたい人

 日曜日の夕方、奉還町商店街のアートフェスの撤収のために、隣にヒトミちゃんを乗せて岡山に車を走らせていた。どういう経緯でそんな話になったのかよく憶えていないのだが、22歳のヒトミちゃんにはまだまだ経験が足りないという話になった。
「これから、今まで経験したことのないような、嬉しいことや悲しいことがたくさんあるわけよ。それこそ想像を絶するようなね」
「はあ……」
「じゃあ、いままででいちばん悲しかったことってなに?」
 ヒトミちゃんは律儀に頭をめぐらせる。さんざん考えて、それでもこれというのが出てこない。出てこない代わりに、逆に質問された。
「赤星さんがいままでいちばん悲しかったことってなんですか?」
「オレ? そうだねえ、悲しかったこと、たくさんあるよ」
 さんざん頭をめぐらせた。これってヤツをぶちかましてやろうと。
「……飼ってた犬が死んだことかな。ジョンっていうんだけどね」
 その話はそこで終わった。岡山って、なんて遠いんだ。


 ぼくはもう長くないのかもしれない。最近、ジョンのことをとみに思いだす。14歳のときに死んだ、雑種のジョン。ちょっと前までは、ジョンを思い出すのは、ウンコを限界まで我慢するときときまっていた。授業中とか、電車のなかとか。顔が歪んで冷や汗が出て、さらに唇が青く変色してるんじゃないかと思えるほど我慢せざるをえない状況のとき、頭にジョンを思い浮かべる。ジョンとぼくが草原で楽しげに走っているところをスローモーションで。そうすると、はちきれそうな苦痛が不思議とやわらぐのだ。しかし、いったんおさまった苦痛は、またすぐにぶり返す。そのときは再度草原に戻る。ジョンと一緒に。


「人間は死んだらね、三途の川の向こうで会いたい人が待ってくれているんだって」
 しばらく前にペイネのアサコさんがそう言った。
「それって、動物もアリなのかな? 犬とか猫とか」
「動物もあるらしいよ」
 もしもぼくが死んだら、そこにいてほしいのは絶対にジョンだ。首のところに抱きついて、顔をくっつけてぐちゃぐちゃにしたい。だから是非とも犬の姿であってほしいものだ。言葉もいらない。人間の言葉をこんな風に話されたら……。
「ユタカくん、生前は大変お世話になりました」
 ぼくは抱きついた腕をさっと引っ込めて。
「いやいや、ときどき叩いたりして失礼しました」
「いいんですよ。それよりも、いつも思い出してくれてありがとうございます」
「いや、いつもってわけじゃなくって、ウンコを我慢してるときとか……」
 死後の世界、ジョンとの友情はないかもしれない。


 猫の話に引きつづき、犬の話になってしまった。編集長の日常がこれでいいのか? あ、ウンコの話とかまたやっちゃったし……。