今週は色校正をチェックしている。東京の印刷所から送られてくる色校紙(ためし刷りみたいなもので、見開きごとに1枚の紙に印刷されている)を、写真の色が正確に出ているか、ページの順番はちゃんと合っているか、文字の間違いがないか、英語のスペルミスはないかなど、あらゆるチェックをかける。入稿がすべて終わって抜け殻のような状態にあっても、編集長としてはここでもう一度誰よりもしゃんとしないといけない。というのも、この色校正が最後のザルなのだ。ここでミスを掬えなかったら最後。本になったときに、「あちゃー、やってもうたがな!」ということになるのである。
「すべて完璧!」と判断したら、編集長が色校紙の上に赤のサインペンで「責了」と書きこむ。「こっちがやれることはすべてやった、あとは(印刷所に)任せたぞ!」という意味であり、「もしも校正に漏れがあったとしてもあんたたち(印刷所)のせいじゃない、すべて編集長であるオレの責任だ!」という意味でもある。よって、「責了」と書き込む際、編集長はそれなりの覚悟をもってのぞむのである。しかし、それはまた編集長が長かった編集作業の終了を自覚する瞬間でもあり、とくに満足のゆくものができていた場合はそれなりに感慨も深い。
昨晩は約30ページ分の色校正の仕上げをした。夕方からリュウくんが児島の事務所にやってきて、色校正の写真のチェックを始めた。リュウくんは、KJの歴代のアートディレクターがそうであったように、広告のデザインを生業としている。したがって、雑誌ばかりやっているデザイナーよりも、写真の色の出具合には敏感だ。ちょっとでも気になる写真は、パソコン上でデータを開いて色味を確認する。確認の仕方も執拗だ。一方のぼくはというと、日本語と英語のテキストのチェックに7割ぐらいの重点を置いている。あとの3割が写真とレイアウトデザインだ。
午後11時。ひと通り作業が終わり、いよいよ各色校紙に例の「責了」マークを入れ込むときがやってきた。ぼくは太めの赤ペンを手に、リュウくんが見終わってテーブルの上に積み上げている色校紙に向かった。と、信じられないことが起こっていた。これから「責了」マークを入れる色校紙に、すでに「責了」と書かれているのである。ちゃんと赤のサインペンで。
「こ、これ、どうなってんどわぁ!」
と怒鳴りちらすことなく、ぼくは静かに考え込む。
(ヒトミちゃんがそんなことするわけないから、これはリュウくんがやったのか。そうだ、リュウくんも広告の仕事では「責了」マークを入れているのだ。いきおい、書き込んでしまったんだろう。悪気があったわけじゃない。誰の気分も害することのないよう、このままやり過ごそう……でも、なんだこのしぼみきった気持ちは? たかだか「責了」という文字が書き込めないというだけで、気分は「責了」ならぬ「寂寥」じゃないか……)
「リュウくん、「責了」はオレが書き込む」
ドキドキしながら、それでもはっきりと言った。
「はい、わかりました。もう書き込んだところはどうしますか?」
「うん、最後に丸で囲むから」
我ながら素晴らしい受け答えだ。これぞ20年のキャリアというやつだ。
こうして今週最初の色校正が無事終わった。残りは明日か、明後日か。最後の「責了」マークを入れたら、みんなにおいしいコーヒーでも煎れることにしよう。