新・不定点観測

赤星豊

vol.312 タクワ依頼

「あのお、今度、会合で赤星さんにタクワをお願いしたいと思いまして」
 電話の相手は倉敷のロータリークラブを名乗った。タクワンとも聞こえたのだが、「タクワンをお願いしたい」という表現は日本語としてありえないので、ぼくの脳は瞬時に「タクワ」と導き出した。
「タクワ……ですか?」
「はい、いかがでしょうか?」
 ロータリークラブというのは、倉敷に帰ってきて何度か耳にしたことがある。自分にはまったく関係がないし、今後も関係がなさそうなので、いつも聞き流していた。いったい、なんの集まりなのだ、ロータリークラブというのは? いや、いまそこにある問題はそれ以前のレベルにあった。
「すいません、ちょっと教えてほしいんですけど?」
「はい、どうぞ」
「タクワってなんですか?」
 一瞬の間があった。しまった、バカだと思われたかもしれない。
「まあ、講演みたいなものです。赤星さんにお話をしていただきたいんです」
 だったら、そう言えばいいのに。それにしても、どんな字を書くのかさっぱり思い浮かばない。ぼくの頭は、奥さんがダンナのことを言うときに使う「うちのタクワ」のそれからまったく逃れられないでいた。
 結局、そのタクワとやらを受けることにした。夜、ネットでロータリークラブを調べてみた。会員名簿には「代表取締役」という肩書きがズラリ。ぼくもまがりなりにも代表取締役のひとりなのだが、「アジアン・ビーハイブ」みたいなカタカタのわけのわからない社名はひとつとしてなかった。ちなみに過去のニュースを見てみたら、あった、例のタクワが。「卓話」とあった。なるほど、卓話か。字面を見ると、マージャンをやってるときの無駄話という印象だが。


 ロータリークラブから講演依頼を受けるまでになったぼくであるが、最近、行きつけのパン屋での扱われ方がヒドい。スタッフから容赦なくツッコミを浴びせられる。
「その髪、どうなってんの?」
 たしかにここのところ忙しくて髪がのびっぱなしですが。
「こういう髪型なのよ、お洒落でしょ?」
 カウンターの向こう、店長とアサちゃん、パートのお姉さんの笑いをさんざん浴びたあと、次のひと言がまたキツい。
「白髪が多いんだから、染めた方がいいよ」
 ゲ、大きなお世話だ。でも、こんなのはまだマシな方である。ついこの間なんか───「その組み合わせは、アリなの?」と。その組み合わせとは、迷彩のパンツの上にツイードの、グレンチェックの縮絨ジャケット。久々に着たギャルソンのお気に入りだ。
「当然、アリでしょ? どうよ、お洒落でしょ?」
「ええっ! 汚らしいよねえ?」
 などと言いやがって、いつものようにカウンターの向こうで盛り上がる。なんなんだ、この店は? この歳になって、ここまでのツッコミを浴びせられるとは、いやはや、愛されたものだ。街のパン屋さんからロータリークラブまで。ぼくのストライクゾーンはバイカル湖なみに広い。