新・不定点観測

赤星豊

vol.244 晴れ晴れとして

 先週、KJの作業は校了を迎えていた。ちゃぶ台に料理がすべて並び、あとは最後に確認の意味の味見をして、さあ召し上がれ。雑誌制作の工程としては最後の段階で、ぼくもデザイナーもそれほどの苦労はない───はずだった。ところが、ぼくがやっちゃった。ちゃぶ台ごとひっくり返してしまったのだ。といっても、星一徹みたいに怒り狂ったわけじゃない。言い方がまずかった。こう言った方がわかりやすいだろう。ちゃぶ台の上に並んだ料理に箸をつけ、料理のやり直しを決定したのである(ちゃぶ台にこだわる必要はないんだけどね)。


 雑誌を作っているときのぼくの立場は、いわば植木屋の親方のようなものである。あの木をそこに植えろとか、あの石をあそこに据えろとか、明確な指示を出して庭を完成させていく。親方には、言うまでもなく、完成した庭がはっきりと見えてなければならない。ところが、このぼくときたら、「木を植えてみなけりゃわからないよね、ねえどう思う?」みたいな、実に頼りない、自信のない親方なのである。そうは言っても、実に細かく指示を出すこともある。ケースバイケースだ。今回、メイン料理となるページで、しかし、ぼくはまったく自信がなかった。


 色校正があがった段階で、どこかしっくりこなかった。でも、なにをどうすればいいのかわからない。なにかをするにしても、いままで寝ずにやってくれたリュウくんたちデザイナー陣には、もうこれ以上の手間はかけさせたくなかった。印刷所だって、特別に二度も校正を出してもらったページをやり直すだなんて言ったら、オシッコをチビってしまうかもしれない。しかし、だ。すぐ目の前にある色校正を見るたびに、正直、気分はブルーになった。いつものように、「最高の出来だ!」とアホみたいに自慢できない。とはいうものの、この期に及んでやり直しなんてできないし……という暗いラビリンスに入り込んでしまったのである。


 やり直すことに決めた。理屈はこうだ。ぼく自身が満足できない雑誌に、世に出す価値はない、と。ぼくが悪者になればいいのだ。まわりのスタッフには、鬼とか、ウンコとか呼ばれようが、作品がそれでよくなれば、彼らのためでもあるのだ(後半部分はスタッフを説得するために考えた言い訳です)。そして、カメラのイケダくんと、デザイナーのリュウくんと、使っていない写真を見直すところから始めてレイアウトを全面変更するという、しかも全面変更したのに味見ができないという、リスクの高い最後の戦いに臨んだのであった。


結果は雑誌を見て判断してほしい。ぼくはすでに完成を見ている。完成を見て、「今号は最高だ!」と胸を張って言える。それにしても、みんなよく文句も言わずに付き合ってくれたと思う。もしも今号が評価されたら、ひとえに彼らの能力と頑張りゆえ。彼ら優秀な職人と仕事ができて、親方は幸せもんだ。(校了を終えての窓からの光景。ぼくのいまの気分を代弁するような空です)