新・不定点観測

赤星豊

vol.151 19時間

%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%80%8011%E6%9C%88%E3%80%802007.JPG 東京に行ってきた。そもそもの目的は東京で開催されるある会への出席だった。が、ひとえにぼくの偏屈さゆえに、その会へは直前に欠席することに。でも、vol.5から新しくKJの配布店になってくれている神楽坂のお店の人たちには「挨拶に寄ります」なんて調子いいこと言ってしまったし、倉敷にも遊びに来てくれた番長と井出ちゃんからは「晩御飯は何食べる?」なんてメールまで来ていたし、というのでやめられなくなった本末転倒の東京行きである。


 朝9時の新幹線で一路東京・神楽坂へ。配布の手配をしてもらった栗田さんと駅で待ち合わせた後、和モノ雑貨の「貞」、オーダーメイド鞄の「鮎藤革包堂」、それからレコード店の「大洋レコード」の3店を駆け足で巡る。各店、とても暖かく迎えてくれた。帰る際にはお土産までもらった。鮎藤革包堂の鮎澤さんからは、革製の熊の組み立て人形を。大洋レコードの伊藤さんからは、なぜか嵐の二宮クンのポスターをもらった。
 地下鉄・有楽町線に乗り、銀座一丁目で降りてダカーポ編集部へ。この雑誌、マガジンハウスの中でもとくにお世話になった雑誌で思い出は尽きない。この雑誌が、実は12月をもって休刊するのだ。景気づけに、突然顔を見せて驚かしてやろうと、「ちわッス!」と叫びながらドアを開けた。すると机に向かってた馴染みの面々が顔を輝かせ、「おお! 赤星じゃないかあ!」とぼくに向かってするすると歩いてきて……という図に当然なると思っていた。が、編集部はほとんど空っぽ。一気にダウンだ。でも、いまもダカーポに携わっている人たちのことを思うと、ぼくのダウンなんか屁だ、屁!
 それからターザン編集部にいたコヒちゃんを電話で呼び出し、近くの喫茶店「ミモザ」へ。「どうしたら一攫千金がなるか」という、40代半ば同士の会話とは思えない実のない話をだらだらとした後、マージャン・将棋仲間の広告部の津越さんを電話で呼び出す。次にターザン編集部の遠藤さんまで電話で呼び出した。この3人、すべてぼくより歳は上だが、許してもらえるだろう。1年間の御無沙汰という武器は思いのほか強力なのだ。
 その後、遠藤さんとマガジンハウス本社ビルへ。4階に上がると、『GINZA』編集部にいたいた、井出ちゃん。ぼくの電話を待っていたそうだ。ちなみに彼女はぼくの携帯の「ラブ定額」の相手なのだが、お互い、滅多に電話しない(契約時に「ラブ定額」を入れた方が安くなったので)。お次は番長を連れ出そうと、5階の『BRUTUS』へ。入り口のところで編集部に戻ってきたところの江田ちゃんに遭遇。同誌の時計の特集では、いつも一緒にスイスのバーゼルとかジュネーブに行っていたのがこの江田ちゃんだ。
「赤星クンのもってたのと同じシーマスター、買ったよ!」
 いきなり時計の話題だ。いやあ、この人、ホント変わらない。15年以上前から知ってるけど、この人のまわりだけ時間が止まっているみたいだ。その後の話で、なんと江田ちゃんがぼくのコラムを愛読してくれていたことが判明。いやあ、嬉しいよ、江田ちゃん。そして、いよいよ番長と井出ちゃんとのディナータイムだ。場所はぼくの(かつての)ホーム、中目黒。


 電車を降りると肌に馴染んだ空気に、懐かしさで胸がキュンとした。懐かしいという感情は複雑だ。この場合、ぼくの懐かしさはたしかに悲しさを含んでいた。その悲しさゆえだろう、近くにある美容院Hunに寄って、この街でしょっちゅう一緒に遊んでいたウラくんの顔を見たときは、「相変わらず歯が目立つよなあ」と、そんなことを思いながらも涙が出そうになった。商店街の侘しいイルミネーションも胸に刺さるようだった。
 その夜は番長のマンションに泊めてもらった。朝の4時過ぎまで話していたのに、ぼくの都合で朝6時に付き合って起きてくれた。さらにはお風呂にお湯を溜めてくれ、ハーブティを煎れてくれ、しかも自由が丘駅まで車で送ってくれた。番長、すまんね、いろいろと。下津井のタコの干し物とか「むらすずめ」とか送るよ。
 滞在時間、わずか19時間。あまりに短い東京だった。そしてぼくは東京駅でローランド・ハーゲンバーグと落ち合い、京都に向かった───。次回vol.152は京都ですか? ここにきて不定点観測らしくなってきましたな。(写真は早朝の東京、番長のマンションの窓から)