日曜日の午後、ぼくはひとり鉄製の箱の中にいた。広さは120センチ四方。高さは2メートル50センチぐらい。もちろん、そこから出たい。だけど、自力では出られない。いつ出られるのかもわからない。まるでカミュか、映画『CUBE』のような不条理な世界……。
時間は12時を20分ほど過ぎていた。ようやく5階の掃除が終わった。ほぼ6時間、休みなく働いたからもうクタクタだ。早く帰ろう。いまからまっすぐ帰れば、シャワーを浴びてすぐのタイミングで『新婚さんいらっしゃい!』が見られるぞ。ぼくは掃除機を手にエレベーターに乗り、5階のボタンを押した───そのまま5階で降りて着替えを済ませ、12時半過ぎには家に着く。その確率は限りなく100パーセントに近いはずだ。ところがその日はそうならなかった。エレベーターにそのまま閉じ込められたのである。
インタフォンに出た総務のKさんは、「管理会社に電話したからちょっと待って」と言った。その「ちょっと」がどれぐらいなのか、考えると気分が悪くなった。管理会社が児島にあればいいけど、岡山だったら1時間近くかかるかもしれないのだ。しかも今日は日曜日、すぐに出られるようなスタッフはいるのか? ああ、酸素が薄い……前にも書いたことがあるけど、ぼくは軽度の閉所恐怖症なのである。
エレベーターに閉じ込められるのは人生で二度目。最初はロシアのイルクーツクのホテルだった。あのときは直後にパニックを起こし、ドアをガンガン蹴りまくって、一緒に乗っていたカメラマンのヨッシーをビビらせてしまった。まあ、あのときは2分もすれば開いたし。それにイルクーツクだし。まさか日本でこんな二度目があるとは思わなかった。
目を開けているとパニックを起こしそうになるので、目を閉じて床にゴロンと横になった。(ぼくはエレベーターの中にいるんじゃない、草原にいるのだ)とで言い聞かせ、草原の風景を思い浮かべようとした。だが、鳴りっぱなしの非常ブザーの音にうまく草原がイメージできない。だいたい、ぼくは草原にいたことなんてないのだ。次に慣れ親しんだ風景を、元浜の堤防から見る瀬戸内海の風景を思い浮かべようとしたが、やっぱりブザーの音にかき消される。
10分ぐらいして、インタフォンからKさんの声がした。
「管理会社がしばらく待ってくれって言ってるんだけど、待てる?」
こりゃマジでヤバい。どこにあるかわからない管理会社が「しばらく」とな? そのしばらくが1時間ぐらいだとして、さらに岡山からここまでの1時間を計算すると、なんとあと2時間……。気が遠くなった。
「ありゃ、赤星クンじゃったんか」
目を開けると、ドアが開いていた。そこにYさんがいた。詳しくは知らないが、いろいろと雑用をこなしているお人である。
「あひゅぇ?」
ぼくはエレベーターの床にべったり仰向けになったまま、顔だけ起こした。いつの間にかぼくは眠っていたのであった。外に出ると、Yさんが携帯で管理会社に電話していた。時間にして40分ほどだったらしい。しかし、この40分のせいで日曜日気分は台無しになった。『新婚さんいらっしゃい!』だけでなく、『アタック25』まで見逃したのだから。