新・不定点観測

赤星豊

vol.133 石

 最初は30歳になるかならないかのときだった。そいつは突然やってきた。おなかのあたりが変だなと思う間もなく、激痛に襲われた。そんじょそこらの痛みじゃなかった。まさに七転八倒、あまりの痛みで嘔吐を繰り返した。それでも近所の友人に電話し、なんとか事情を説明して車で病院に運んでもらった。その間も痛みはまったくおさまらない。痛み止めの注射もまったく効かなかった。結局、座薬を入れてやっとおさまったのだが、その1時間強の間でぼくの脳細胞は3億ぐらい死んだ。
 診断は尿管結石。腎臓が石を作り、その石が排出されずにスタックして、腎臓に炎症を起こすという病気である。人間の痛みで最大のものが3つあって、尿管結石がそのひとつ。ちなみにあとのふたつは陣痛と胆石らしい。尿管結石の治療法はまことに原始的だ。大量に水分を摂取し、おしっこの勢いで石を出すというもの。だいたい、石が排出されるまでに1週間ぐらいかかる。その1週間は、ひどい残尿管や腹部の痛み・違和感がつきまとう。できればかかりたくない病気なのである。
 この発作以降、尿管結石を30代で二度やった。「かかりたくない」って言ってるのに、ぼくのカラダはどうも石ができやすい体質らしい。3、4年おきにこの発作に見舞われ、七転八倒を繰り返し、結果、ぼくの脳細胞は通算で10億個ぐらいやられている。もしもその10億個が失われず、正常な判断能力を維持していたら、倉敷に帰って雑誌を創刊するなんて無謀はやらなかったかもしれない。


「ほお、スゴいのもってますね」
 今年4月に受けた人間ドック、エコーで腹部を診断しながら医師が言った。
「1センチ以上はありますね、この結石」
 これがぼくの爆弾だ。前に尿管結石をやって7年ぐらい経っていた。もう結石体質じゃなくなったのかなと思っていたら、特大の石を育てていたみたいだ。
「もしかしたら、このまま悪さをせずに終わるかもしれませんが、なにかの拍子に暴れだすかもしれませんね」
 そう、それが暴れだした。1週間ほど前に。前兆はあった。8月から血尿が続いていた。9月に入って腰に痛みがあった。これ、もう尿管結石以外なにものでもない。
 最初の発作は先週金曜日の朝4時。突然、痛みで目が覚めた。ついに来やがった───。それでもぼくは座薬を入れて、6時半からの仕事に出た。2回目は土曜日の深夜。ホームページのリニューアル作業を岡山のレイデックスでやっているときだった。もうなんにもできず、部屋の隅にある畳のスペースで横になってバタバタやっていた。スタッフの藤原クンが気にしてくれて何度も見に来た。たぶん、彼はぼく以上に恐ろしかったに違いない。いつもなら、ホームページのアップの瞬間は、盛り上がって拍手喝采、「いやあ、お疲れ! お疲れ!」とスタッフをねぎらうのが常だが、さすがにこのときは脳細胞が死滅しかけていたものだから、アップのボタンを押してすぐ、「じゃ、オレ帰るから」と、なんとも盛り上がりに欠けた。
 翌朝、定時にバイトに出たが、もう限界である。ぼくは接待のおねえさんたちひとりひとりに、「赤星、しばらく離脱します」と挨拶して回った。ぼくに冷たいマチャ子にも、「ねえさん、しばらく仕事休みますんで(なんかヤクザっぽいね)」とちゃんと挨拶した。すると「あら、寂しくなるわ」とまったく本音の読めない言葉をいただいた。
 そして火曜日の朝を待って、ゾンビみたいな状態で岡山の中央病院に行った(その頃には座薬の入れすぎもあってヘロイン中毒の患者みたいでした)。医師は「すぐに処置しましょう」と言った。彼の言った処置とは、結石の破砕。超音波で石を粉々にするという一種の手術である───次回につづく。