夜、フルタくんが『スモツイ』のCDをピックアップしにぼくの家までやってきた。なんでも、彼の勤めるジャパン・エナジーの同僚のみなさんがCDを購入してくれるのだとか。その数なんと50枚。発売以降1週間で売れた数とほぼ同数である。フルタくんはさぞ会社でみんなからかわいがってもらっているのだろう。いい会社だ、ジャパン・エナジーは。
夕飯がまだというので、昨晩作ってあったカレーをご馳走し、しばし談笑。宴もたけなわなそのとき、フルタくんが言った。
「そういえば、ラジオで『スモツイ』がかかるの、今日ですよね?」
時計を見ると9時半。すっかり忘れていた。岡山のFM「レディオモモ」の毎週日曜日の夜の番組「pingovox(http://www.pingovox.com/)」で『スモツイ』をかけてくれるという連絡を受け取っていたのだ。メールには曲がかかるのは9時57分頃とあった。早速、部屋にあるラジオのスイッチを入れ、チューナーを合わせてみた。ところがデジタルの数字はぴったりなのに、雑音が聞こえるだけでなんにも入らない。そもそも、うちの受信環境があまりよろしくない。地元のFMくらしきでさえかなりの雑音が混じってしまうのだ。
「たぶん車はきれいに入るよ」
「じゃあドライブしながら聞きましょう」
「いいねいいね、じゃあ渋川海岸でも行くか?」
言うが早いか、家にあったココナッツサブレを持ってフルタくんの車に乗り込んだ。渋川に向かって車を走らせながら自動チューニングで周波数を合わせる。ところがやっぱり入らない。何回やってもレディオモモの79.0MHzをスキップしてしまう。もしかして、児島では受信できないとか。そういえば、レディオモモは車のなかでも一度も聞いたことない……ヤバい、フルタくんは自分の曲がラジオでかかるのをものすごく楽しみにしているはずだ。すぐにFMくらしきの影山さんに電話した。影山さんといえば、FMくらしきで出ずっぱりの人気アナウンサー。そんな方に他局の受信範囲を聞くのは普段なら気もひけるが、事態は急を要する。時間は9時45分になろうとしていた。
「つかぬことを聞くけど、レディオモモって児島で聞ける?」
「児島では電波が入らないかもしれないですね」
いつもラジオから流れるのと同じ淡々とした声で影山さんは言った。
「じゃあ岡山に向かえば入るのかな?」
「そりゃもちろん入りますよ」
目的地変更だ。ぼくたちは児島線をひたすら岡山方面に向けて車を走らせた。福南山を越えて郷内地区に入ったが、自動チューニングは電波を拾ってくれない。時間は9時53分。いよいよヤバい。こうなりゃ手動で無理やり合わせるしかない。ところが、だ。フルタくんはこの車をつい最近購入したばかり。手動でのチューニングの仕方がわからないという。助手席に座ったぼくが代わっていろいろいじってみる。車は灘崎地区に入っていた。いくらなんでももう電波は入るはずだった。たまたまいじったところでデジタルの周波数が変わった。しかし、思うように数字を調整できない。ちょっと触っただけなのに、周波数が大幅に変わったりする。必死で何度か触るうちに、奇跡的に表示が79.1MHzに変わった。雑音に混じってオトコの声が聞こえた。何をしゃべっているのかさっぱり聞き取れない。しかし、「下津井節」という言葉がなんとか聞き取れた。間違いない。まさにいま、「スモツイ」の紹介をしてくれているのだ!
車は中畝の直線道に入っていた。フルタくんは車を飛ばした。少しでも岡山に近づけば電波はもっと入るはずだ。そしてついにイントロが始まった。間に合った。耳に馴染んだ三味線の音とチコちゃんの声が激しい雑音に混じって聞こえた。車のなかでぼくたちは歓喜の声をあげた。そして次の瞬間、フルタくんがもっとキレイな音で聞きたいと思ったのだろう、思わず運転席から手を伸ばして、ぼくがいじっていたチューナーを触った。
「あ、……」
デジタルの表示が79.1MHzからいきなり90MHzに変わった。チコちゃんの歌声はぷつりと途切れた。まだ歌にも入ってないのに……。ふたたびチューニング担当のぼくの登場。フルタくんもぼくも無言、もう必死である。そして次に電波が入ったときには、曲は終わりかけていた。それから15秒ほど聞けただろうか。曲が終わるとすぐにCMに入った。車は中畝を抜けて、2号線の近くまで来ていた。
「岡山で茶でも飲んで帰るか」
「……そうですね」
聞けたんだか聞けなかったんだかよくわからないようなくすぶった気持ちのまま、ぼくたちはさらに岡山方面に車を走らせたのであった。