昨日、倉敷の病院に先日受けた脳ドッグの結果を聞きに行ってきた。部屋に入ると医師がぼくの脳の輪切りの写真を壁にかけたライトボックスに差し込んでいるところだった。映画とかドラマでよく見る光景だ。脳腫瘍とか末期がんを医師から宣告される場面とかで。
60歳ぐらいの小柄の医師だった。「まずね、こっちが前でこっちが後ろ。ここが目でこれが鼻です」。そんなことはどうだっていいのだ。早く結果を言ってくれ。
「でですね、ここが前頭葉でここにあるのが側頭葉。小脳はこれです」
ぼくの横にはインターンとおぼしき若い女性が立っていた。彼女はぼくの脳の輪切りを食い入るように見て、医師の言葉にいちいちうなずいている。医師の説明はその後も5分ぐらい続いた。聞いたことのない言葉が次から次へと出てきて、左の耳から右の耳へ素通りしていく。こりゃ新手の拷問か?
結局、ぼくの脳はいたって健康だと言われた。今日まで約1カ月間、あまりの物忘れの激しさからアルツハイマーを疑っていた。「まさかな、それはないよな。でも……」みたいな不毛なことを頭のなかで何度となく繰り返してきた。トータルで8時間ぐらいやっていたかもしれない。仮にアルツハイマーだったらKJを10号までどうやって続けるかも考えていた(ちなみにその対策は、大事なことはメモをとる。仕事で関係する人たちにはアルツハイマーを告知し、約束を忘れても勘弁してもらうなど)。
帰りの車のなかは晴れ晴れとした気分だった。不思議と空が青く感じた。空気がおいしく感じた。ぼくの第三の人生のスタートがこの瞬間からスタートしたのだ。
第三の人生、そのしょっぱなは実家の夕飯作りから始まった。第二の人生でさんざんやってきたことである。でも、この2カ月間、仕事が忙しいという理由で週3回にしてもらっていた。本当は配布が終わった先週からは元に戻して毎日やらなきゃいけなかった。なのに「アルツハイマーかもしれないし」と自分に甘えて、ついでに親にも甘えてサボっていた。しかし、今日からは心を入れ替えて毎日家の面倒をしっかり見るのだ。忘れちゃいけない。ぼくにとっての第一のプライオリティは、母親の介護、実家のサポートだ。KJのせいで母親のケアがおろそかになるのは、まさに本末転倒なのである。
頭がめちゃくちゃクリアだ。ふわふわと真綿のようで、なんでも吸収できそうな気がした。で、夜になってついにイラストレーターの勉強を始めた。テキストの冒頭の章「簡単な図形を描こう」から。円、四角、三角、アホみたいに簡単だった。ところがハートマークでつまずいた。1時間ぐらいかけてやっとできた。テキストを見ないでもう1回やろうとしたら、まったく歯がたたなかった。行程のひとつひとつが完全に意味不明であるからして当然だ。これじゃ応用もできやしない。スペードやクラブがすらすら描けるようになる日が来るとは到底思えない。さっきまでの真綿のような脳が、急に石になったような感じだ。ああ、ぼくの第三の人生に、早くもかげりが……。
今日はハートが1回描けたということで、これで切り上げることにしよう。明日は章を飛ばして、「名刺を作る」でもやってみようか。そう、ハートなんか描けなくたっていいのだ。トランプを作ろうとしているわけじゃあるまいし。名刺はへこたれない。やるよ、オレは。