今週、東京は晴れ間が見れないそうだ。梅雨以外の時期だって、まあそんなこともあるだろう。でも、よりによって、たまに東京に戻ってきた週にあたらなくてもいいだろうと思ってしまう。この天候にもまして鬱陶しいのがぼくの体調だ。先週の六口島で、どうやら風邪をひいたらしい。久々に体調を悪くして思い出した。ぼくはカラダが弱いのである。
今回の東京は、プシェメクの個展の成功を祝い、ロンドンに無事送り返してやることが大きな目的だった。先週金曜日、個展の最終日前日。ギャラリーで久々に会ったプシェメクは、ことをやり遂げたという思いからか、晴れ晴れとした顔をしていた。ぼくたちは近くのカフェで話した。彼はこの1週間でいかに素晴らしい人たちとめぐり合い、いかに東京での仕事を望んでいるかを熱く語った。ぼくは以前にも、何度も彼の東京への思いを聞かされているので、「へえ、そうなの」という具合で軽く聞いていた。しかし、プシェメクのそのひと言は聞き流せなかった。
「え? 今、なんて言ったの?」
陶酔したような顔でプシェメクは言った。
「ロンドンには帰らないことにしたよ、ユタカ」
外国人がビザなしで日本に滞在できるのは3カ月間。つまり、彼は滞在できるギリギリの6月中旬までずっと日本にいるのだと言った。「ユタカ、ぼくを祝福してくれ」と言わんばかりの晴れやかな顔で。「ということは、つまり、ぼくの事務所に6月までいるってことかな?」と聞くかわりに、ぼくは「そりゃよかったね。頑張れよな」と歪んだ笑顔で答えていた。
4月12日、水曜日。昨日はプシェメクを連れてコインランドリーに初めて行った。彼は乾燥機を見るのが初めてだった。洗い終わった洗濯物を乾燥機のドラムに入れるのに、彼は一枚一枚をきれいにたたんで、そのまま棚にでも入れられるようにきっちり積み重ねた。「なんで笑うんだ?」と彼が聞くので、「今にわかる」とぼくは答えていた。最後まで積み重ねるのを見てからコインを入れると、ドラムが回転しはじめ、商品のように積み重ねられた洗濯物が一瞬に崩れた。それを見てプシェメクは「My God !」と言って笑った。まあ万事じゃないけど、プシェメクとの生活はこんなことが日々あって楽しい。
昨晩遅くに「リョウ(昨年急逝したスタイリスト。当HPの「other arcticle」に彼の記事を掲載)のママに会いに行く」と言って、プシェメクは横浜に出かけた。今日の昼に帰ってきた彼はげっそりとしていた。「食べ過ぎて気分が悪い」と言った。昨晩、ぼくと一緒に沖縄料理を食べてから横浜に行くと、豪華な晩飯が用意されていたそうだ。あまりにお腹がいっぱいで、「2時間しか眠れなかった」と彼は言った。朝にはまたまた豪華な食事が用意されていた。彼はもともとあまり食べない方なのだ。
プシェメクはロンドンのフラットの整理をフラットメイトに頼んである。6月に帰国してビザを取得した後、すぐに日本に帰ってくるそうだ。日本への移住はもう決定事項であり、気持ちが揺らぐこともないという。「日本にいると自分がリラックスしているのが分かる。物事が正しい方向に進んでいることが分かる」と彼は言う。そんな彼にぼくが言うべき言葉は、「もうちょっと日本語を勉強しろ」ぐらいだ。近いうちに彼を倉敷に招待するつもりだ。きっとクラシk・ライフも楽しいにちがいない。東京の滞在日数、6日間経過。