新・不定点観測

赤星豊

不定点観測:vol.74 倉敷(1)

074.jpg 目が覚めると夕陽が海に沈みかけていた。目の前で、あたかも夕陽を眺めているかのようにペコが座っていた。ペコの目線の先にあるビーチでは、宿の若主人が焚き火をしている。昼間吹き荒れていた強風はやんで、海は穏やかだった。ビーチには彼ら以外人っこひとりいない。まだ夢のなかにいるようだった。

 4月4日、火曜日。この1週間、慌しかった。その前の週がどんなだったか忘れているから「この1週間」としたけど、本当は「この数週間」かもしれない」。とりあえず近いところでは、先週の金曜日からスタートしたプシェメクの代官山での個展。直前まで「データが壊れている」とか「プロジェクターがない」とか、すったもんだの末にようやくオープニングパーティを迎えることができた。土曜日の朝には新幹線に乗って一路児島へ。戻ってすぐに車で岡山に出てTシャツのサンプルをピックアップ。その足で倉敷の中心街に向かい、「shuby」でのイベント「おとこのせいざ」に参加した。DJの末永さんが扇動しての「アニキ・コール」にはほとほとよわった。挙句マイクを渡され、「ここは暑いね」と隣のお兄ちゃんのひとりごとのような言葉を口にしてしまい、場を盛り下げてしまった。本当は奮いたたせて「倉敷は熱いぜ!」と言おうとしたんだけど、やっぱりそんなことを言えるキャラじゃなかった。でも、今思うと「倉敷は熱いぜ!」もどうかと思う。それにしても倉敷の夜は熱く、長く、お開きとなったのは朝の3時過ぎだった。

 そして月曜日、ひとりで六口島に渡った。地元では天然記念物指定の「象岩」があることで知られるこの島。訪れるのは小学校のとき以来である。
 骨休めに行ったわけじゃない。ちゃんとした仕事、次号のためのリサーチである。「島でなにかやりたい」というのはずっと思っていたのだ。民宿「六口荘」の若主人が漁船で下津井まで迎えにきてくれた。乗客はぼくひとり。主人は「海のオトコ」を絵に描いたようなお人で、船上ではほとんど言葉を交わさずじまい。下津井を出発して約10分、小さな港に到着した。港はひょうたんのような形の島のくびれた部分にあり、未舗装の道を歩いてまっすぐ島の反対側へ。2分とかからなかった。緩い弧を描いたビーチが突然開ける。人の姿はなく、強風で波は荒い。左手にビーチに沿って民宿が3軒あり、道から一番手前のそれはとうに閉鎖しているようで、その荒れ果てた様子は津波の跡の残骸のようだった。
 6時の夕食まで3時間ほどあった。30分ほど島を散歩し、あとは「下津井で拾った」と、民宿のお母さんが教えてくれた犬のペコと遊ぶ以外、なんにもすることがなかった。ぼくはビーチ沿いにある畳敷きの大広間でお茶を飲みながら文庫本を読んだ。そうしてる間に、いつの間にか眠っていた。
 目が覚めると、真正面で夕日が海に沈みかけていた───と、冒頭の光景につながる。そのときむさぼった昼寝は、ぼくの生涯で3本の指に入るぐらいの、最高に気持ちのいい昼寝だった。最高に気持ちのいい昼寝をするとどんな気持ちになるか。そりゃあもう、最高に幸せな気持ちになるのである。そして目の前にあの夢のような光景だ。人がいなかろうが、荒れ果ててようが、記事になろうがなるまいがもうそんなことはどうだっていい。また来るよ、六口島。また会おう、ペコ。倉敷の滞在日数、4日間経過。