約1カ月ぶりの東京。桜が咲いていた。ぼくが昨年まで住んでいた目黒川沿いは桜並木で知られている。商店街のちょうちんがこの並木にかけられると、「そろそろかな」と思ったものだ。よく晴れた朝は、川沿いの道を通って朝食のパンを買いに行くのが気持ちよかった。桜が散りはじめると、マンションのエントランスにピンクの花びらが舞い込んだりしていた。ちょっとしたことだけど、東京には桜にまつわる思い出が少なくない。ぼくの人生のなかで、もっとも平和な、穏やかな時期だったように思う。
3月29日、水曜日。10日ほど前からプシェメクが東京にやってきている。彼にはぼくのオフィス兼自宅を滞在先として提供していた。久々に自分の家に戻ってみると、完全に彼のアトリエと化していた。インターネットのケーブルは彼のノートブックにつながれているし、テーブルの上には展示用のスチロールのパネルやら食パンやらカップ焼きそばやらが山のようになっている。彼は月末から代官山で開かれる個展の用意で少々パニくっていた。それでも気を遣って、「ユタカ、仕事の邪魔してないかな?」とぼくにときどき聞く。まあ正直言うと邪魔である。おかげでこの「不定点観測」を書くのさえままならなかったわけだし。でも、ぼくは「好きなように使ってくれていいんだよ」と答えている。彼にはいつもロンドンで泊めてもらってるし、アーティストとして是非日本で成功してほしいのだ。それになにより、プシェメクはすごくいいヤツだしね。
昨日はたくさんの人に会った。まずは『ポイズン』のPRでぼくの「古巣」ともいえるダカーポ編集部に顔を出した。それからターザン編集部の遠藤成さんと喫茶店で午後のティータイム。遠藤さんには最新号の『ターザン』でKJを紹介してもらっていたのだ。ありがたいことです。夕方にマガジンハウスのオジサンたちからマージャンの誘いを受け、2時間だけ参加。『BRUTUS』とか『GINZA』みたいなオシャレな雑誌の世界とは無縁に見えるオジサンたち。ぼくはそんな彼らに昔からずいぶんかわいがってもらった。マージャンでは授業料をたくさん払わされたんだけどね。ちなみに、ぼくは今もその授業料がまったく回収できずにいる。夜は『クウネル』の鈴木るみこさんと沖縄料理を食べに行った。パリで会って以来だから半年ぶり。彼女はその間に洗足から鎌倉に引越し、新しい生活を始めていた。夜は12時には布団に入り、朝は7時ぐらいに小鳥の鳴き声で目が覚めるそうである。彼女はやっと安住の地を見つけたかのように幸せそうだった。
今日はダカーポ編集部の大塚くんとプロペラの内藤まろ氏を引き合わせ、その後氏と東銀座の行きつけの喫茶「ミモザ」でナポリタンスパゲティの昼食。それから中野のワールドフォトプレスに行って、営業部の坂元さんに会う。坂元さんは岡山の出身で、昨年からKJを応援してくれているサポーターのひとり。ぼくは彼にジャンケンポンTシャツをひと通りPRをした。彼はTシャツを気に入ってくれたようで、「なんか考えましょう」と言ってくれた。心強いね。でも、まだまだPRしていかなきゃいけない。東京滞在も残り2日。やり残したことはたくさんある。しかし、その前に今夜こそは確定申告の用意をしないと。うーん、憂鬱なんだ、これが。東京の滞在日数4日間経過。