新・不定点観測

赤星豊

vol.72 脳ドッグを予約する

 この連休ですべて入稿を終えた。今回の入稿は、たとえて言うなら、100mの上空で皿回しをしながら片足で綱を渡っているような感じだった。ミッション・インポッシブルなみのスリリングな展開である。最大の難関はロンドンのペドロのページだった。入稿が2日後に始まるという段階で、ロンドンで進めていたプロジェクトが無理ということになり、急遽ペドロから新しい企画を提案された。その代案がいまひとつピンとこなかったので、これまで進めてきた企画をモディファイしたものを逆提案し、新しくモデルを探して撮影を組み───と、まあ締め切りもなにもあったもんじゃない。しかも、いよいよヤバいというときに、肝心のペドロがギックリ腰になってしまった。それでもなんとか発行日を遅らせずに、カタチにすることができた。これ、奇跡といわずしてなんと言おう。

 この連休、夜にやっと自分の時間がもてるようになったので、久々にTSUTAYAに行ってDVDを2本借りた。1本は『宇宙戦争』。公開時に一度見ているんだけど、リアルに町が破壊される映画を見たらスカッとするんじゃないかと。もう1本は渡辺謙の『明日の記憶』。ずっと前にプシェメクから「面白いから見ろ」というメールをもらっていたのだ(なぜにポーランド人のプシェメクがこの映画を……?)。
 マジで手に汗握りましたよ。映画を見てこんなにコワい思いをしたのは初めてかもしれない。いや、それが『宇宙戦争』の方じゃないのだ。『明日の記憶』にである。
 渡辺謙が演じるのは50歳を前にした広告代理店の部長。部下からもクライアントからも信頼の厚いこの主人公が、突然、若年性アルツハイマー症になる。大事なミーティングの時間を忘れたり、いつも通っているクライアントのビルの場所がわからなくなったりと、症状が仕事に支障をきたしてくる。その描写が恐ろしくて見ていられなかった。というのも、最近、こんなことがあった。夕方のその時間、ぼくは夕飯の買い物に行くべく車に乗っていた。と、携帯電話が鳴った。電話は某団体のKさんからだった。
「ああ、こんにちは。お久しぶりですね」
「……あ、ああ、どうもお久しぶりです。赤星さん、いまどこに?」
「え? どこって、車の中ですけど」
「……あ、あのお、今日の4時にこちらで───」
 その瞬間、脳ミソがスパークして悲鳴をあげた。
「あああっ! いま、いまね、そっちに車で向かってるところなんです! もうそこまで来てますから。すぐです! すぐですよお!」
 まさに映画そのものを経験していたのだ。ほかにも思い当たるフシはいくつかある。映画を見た当日の昼にもあった。なんとジーンズのジッパーを上げ忘れたまま買い物に行くという失態をしでかしていたのだ。それも1回じゃない、その日に2回だ。おいらヤバい……相当にヤバいよ。
 映画のなかでアルツハイマーの診断を受ける場面があった。及川ミッチー演じる医師が、渡辺謙の目の前にモノを並べていく。左から、ハンカチ、コイン、腕時計、ペン、名刺。すぐにその上に紙をかぶせ、「さあ、左から何があったでしょう?」。これ、すでに映画じゃなくなっていた。ぼくは必死に思い出す、額に汗しながら。「えっと、ハンカチ、コイン……ハンカチ、コイン、名刺、ペン……?」。
 というわけで、本日、KJ編集長は脳ドッグの予約をした。東京の友達に電話で話すと、物忘れの激しいのは「昔からそうだった」と言われた。ジッパーの件は、「そりゃ性癖だ」と。でも、笑い事じゃないのよ、ほんとに。オレはマジでビビってるのだよ……。