表紙というのは、いわずもがな雑誌の顔。いくら中身が面白くても、表紙がつまらなかったり、だらしなかったりしたらいっぺんに魅力を失ってしまう。それだけ大切なものであるからして、ほかのどのページよりも神経を使う。
昨晩からいよいよ表紙の作成にとりかかった。使用するビジュアルは決まっていた。あとはそのビジュアルをどう使うかだ。ほかにも、ロゴをどの色にして、どんな大きさにしてどこに入れるかとか、細かな部分でつめなきゃいけないポイントはたくさんある。今号からアートディレクターとして参加してくれているタオルのオフィスの大きな窓に、出力したサンプルが次々に貼られていった。どれも微妙にデザインを変えてある。
「これ、どうですか?」
「うん、ちょっとロゴが大きいかな」
「そうですねえ」
「あれはどうかね?」
「うちはいいと思いますよ」
「うん、悪くないね。悪くないけど……ロゴを赤にしてみる?」
こうしてまた新しいデザインサンプルが1枚そこに加わる。と、そんなことを延々と繰り返すのが、KJの表紙作りのやり方だ(ちなみにロゴを赤にしてみるというぼくの案は、「ミキハウスみたい」(タオル妹)ということで一蹴されてしまった……)。正解がないだけに、いくらやってもキリがない。デザインとして成立していれば正解というのなら、そこに貼られたサンプルの半分以上は正解なのだ。
悶々とやっていると思われるかもしれないが、この表紙づくりぐらい楽しい作業はない。あんまり引っ張ると嫌気がさしてくるかもしれないけど、いまのところタオルもぼくも嬉々としてやっている。今晩も岡山のタオルのオフィスに行って、引き続き表紙にとりかかる予定だ。さて、どんな表紙になるのやら。いずれにしても、ちょっとサプライズのある表紙になることは間違いなし。楽しみにしていただいて結構です。
今日、タバコを買おうとしてローソンに行ったら、またいた、ヤツが。メスの野良犬。しばらく前に子供を生んだようで、乳房がだらんと垂れて、でもカラダはガリガリ。いかにも哀れを誘う風体なのである。1週間ほど前に買い物をした後、こいつに悲しそうな目で見つめられ、思わず昼飯にしようとしていたソーセージ入りのパンの核の部分のソーセージを差し出してしまった。その後、車に乗り込もうとすると、車のドアのところにやってきてまたあの目で見つめるので、わざわざローソンに戻って焼き鳥を買い与えてしまった。たぶん、ぼくみたいなアホが何人かいるんだろう。こやつ、この駐車場から離れない。
今日も見つめられた。なんともいえない、哀しそうな目をする。で、ぼくはタバコを買おうとしただけなのに、一緒にバイエルンとかいうソーセージを買ってしまった。ヤツはうまそうに食べてた。ぼくは複雑な気持ちで車に乗り込む。ドアのところまでやってきた。「ありがとう」と言ってるように見えなくもないが、かなり高い確率で、「もうないの?」と催促しているような気がする。ぼくは「礼はいらないよ」と言ってそそくさと車を出す。ミラーを見ると、ヤツはずっとこっちを向いていた。もうあそこのローソンには近づかないようにしよう───と思いながらも、また同じことをやるんだろうなあ、となかばあきらめに近い気持ちでローソン後にしたのだった。