新・不定点観測

赤星豊

vol.70 たかが服、されど服なのよ

3-070.jpg 今朝、ようやく黒住光から原稿が来た。「明日には絶対くれ!」とお願いしてから1週間以上たっている。本人も相応に悪いとは思っていたようで、なかなかナイスなおまけをつけてくれた。このおまけは誌面でお見せするので、期待してもらってよろし。
 さて、黒住の原稿に安心したからか、はたまた今日がWombの定休日で他人と顔を合わせないからか、ちょっと考えられない服のとりあわせで外に出てしまった。ブルーのパーカー&チノパンにPUMAのスニーカー。ここまではまあ普通だ。でも、この上に羽織ってきたトップが最悪にマズい。濃いチャコールグレイの、縮絨ウールのブルゾンをセレクトしてしまった。もの自体は悪くない。でも、チノパンに、しかもインナーがブルーの古着のトレーナーにはお世辞にも合わない。おかげで、やっとの思いで今朝脱稿したっていうのに(脱肛じゃないですよ)、気分はどうにもスッキリしない。さっきから、本当は結構前から、この気分の悪さにどう対処しようかと考えていた。そんなことでウジウジするぐらいなら、家に帰って着替えればいいのだ。でも、40歳を過ぎた男が、まがりなりにも編集長の肩書きをもつ人が、いま着ているものが気に入らないからといって家に帰るというのはいかがなものか。ぼくが気にしているほど他人はぼくの服のとりあわせなんか気にしちゃいない。というか、まったく興味ない。それも十分わかっている。なのになんだ、このふつふつとした気分は? 
 実はぼく自身よくわかってる。これは「着ているものが気に入らなければ気分が悪くなる症候群」という(ぼくがいま命名しました)。世の中にはこの手の病を患っている人が少なからずいる。書くのも面倒だからコピー&ペーストしてしまうこの「着ているものが気に入らなければ気分が悪くなる症候群」はまれに遺伝する。ぼくの場合もそのようで、オトンが服に対してものすごく神経質だった。昔の写真を見たら「あんた、ポール・ニューマンか?」と突っ込みたくなるような服でバチっと決めているし、最近でこそなくなったが、昔はよく「お、ええの着とるの」とぼくやアニキが着ている服に目をつけ、いない間に勝手に試着したりしていた。
 じゃあぼくが主観的に「お洒落」かというと、実はそうでもない。だいたい、服をめったに買わない。ファッションに傾向があるようでない。プライオリティのナンバーワンが着心地のよさや着やすさだったりする。客観的に「お洒落」じゃないのは明白だ。いつか東京いる親友の番長に(「番長」のあだ名は「お洒落番長」からきてます)、「副番はおれでしょ?」と言うと、バナナも凍るような視線を返されたのを憶えている。

 気分がよくなるかと思ってどうでもいいことをグチャグチャ書いてきたが、気分の悪さはいっこうに晴れない。書いてるこの時間で家に帰って着替えられたと思うと、なおさら気分が悪い。ああ、哀しい病よのお。みなさん、今日はここでさようならだ。40歳を過ぎてようが、この際もういいのだ。KJ編集長はこのクソ忙しい時期に、いま着ているものが気に入らないという理由で家に帰ってきます。(写真はくだんのブルゾン。2年前に青山のcorso como 10 で見つけました。気に入ってるんだけどね)