新・不定点観測

赤星豊

vol.65 デイサービス

 老老介護の最大の問題点は、介護する側のメンタリティにあると思う。いい意味でいい加減になれればいいんだけど、人によってはどうしても頑張りすぎて、精神的にはりつめてしまう。結果、介護疲れでとも倒れ。最悪の場合は介護する側が被介護者を手にかけてしまうことだってある。うちのオトンはというと、どの程度磨り減っているのかいまひとつつかみどころがない。元来、よくわからない人なのだ。とはいえ相当な苦労をしていることには違いないので、ぼくはオトンのメンタル面を常に気にかけている。

「ためしにデイサービスに行ってみようや」
 夕飯を終え、お茶を飲むオカンを前にして真顔で言った。デイサービスとは、介護を必要とする人たちが施設に集まって、合同でリハビリしたり、レクリエーションを楽しんだりするプログラムのこと。もちろん被介護者のためのものなんだけど、介護者も日々の介護から一時解放されるとあって利用者は多い。実は1年ほど前に、一度だけデイサービスに行ったことがある。でも、歌を歌ったり鳴り物を鳴らしたりするのがうるさかったようで、オカンの鶴の一声で却下。二度と行くことはなかった。
 オカンはぼくの話を聞いているのか聞いてないのか、うなずくでもなく、シラっとした顔をしていた。と、突然オカンが言った。
「ほな、行ってみるわ」とぼくの顔を見ずに。散歩にでも行くみたいな調子で。
 それが日曜日のこと。早速月曜日の朝に、オトンがオカンを連れて行った。月曜日はまったく顔を合わさなかったので、どんな具合だったか聞けなかった。で、翌火曜日の朝。オトンが血相を変えてぼくのところにやってきた。
「おえおえ、もうわしゃよわったで」
 オトンの顔を見ただけで事情はのみこめた。
「帰ってきてから夜の9時頃まで、うじうじうじうじ言うんじゃがな。わしとおまえが家を追い出そうとしとるゆうて。薬飲んでも寝んのんで。わしも薬飲んでも寝れんで、薬をもういっちょ飲んで寝たがな」
 ついにぼくもヒールの仲間入りだ。みんなのためによかれと思って進めたプロジェクトが思いっきり裏目に出たようだ。ちなみにオトンはあれだけ世話してるってのに、ずっと前から悪者扱いされている。オカンにとって家族がみんな敵。ヤバいね。赤星家、ついに崩壊の危機きたる、か? 

 そしてその夜。夕飯の席でデイサービスの話題になった。オカンには謝るつもりでいた。「行きたくなければいいんだよ」と優しく言うつもりでいた。ところが、だ。オトンとオカンは施設で見たものをなんとも楽しそうに話すのである。
「あのおばあちゃんのかるた、ケッサクじゃったのお」(オトン)
「額が(床に)つくぐらい(腰が)曲がっとるのになあ」(オカン)
「ほんでも札が見えとんじゃが。こうやって指だけがこっちに這うてくるんで。もうあれ見たらおかしゅうておかしゅうて」(オトン)
 それからもふたりは声をあげて笑いながら、目にしたものをぼくに語った。なんだなんだ、この展開は? 朝と話がまったく違うぞ。
「そしたら、これからも行くんな?」と目が点のまま聞くぼく。
「火・金で週に2回な」と満面の笑顔でオカン。
 だからわからんのだ、うちの親は。もうどうにでもしてくれ───と普通はなる。でも、そこでふと考えた。(心配させまいとして、ふたりで口裏をあわせ、「今晩はできるだけ楽しそうに話そう」と決めたんじゃないか?)。もしもそうなら泣くよ、オレは。『東京タワー』どころじゃないよ。98%ぐらいの確率で「否」という自信はあるが、まあ今回はそういうことにしといてやろう。こうして赤星家は今年最初の崩壊の危機を脱したのであった。