新・不定点観測

赤星豊

vol.57 放送事故

 幼い頃、たぶん小学校に上がるぐらいまで。ぼくにはむずがるといつも口にする言葉があった。「とんがいけん!」。まったくのオリジナルなんだけど、本人にもこの言葉の意味はまったく不明。「とんがいけん、とんがいけん!」と言ってよくカラダをじたばたさせていた。でも、人前では絶対やらなかった。ひとりのときか、いつも家族の前だった。
 日曜日の夜、ぼくは30数年ぶりにこの言葉を口にしてみた。そうすることでもしかしたらこの最悪の気分から逃れられるんじゃないかと思ったのだ。しかし、その夜の「とんがいけん!」は、ひとりの部屋にむなしく響くだけだった。

 1月7日、日曜日。「レディオ・クラッシュジャパン」の第一回の放送があった。Wombのニシハラくんとミエちゃんと3人でFMくらしきに向かった。ちょうどその1時間前、ぼくは簡単な進行表を作り、それから編集室に行って番組でかけるCDをピックアップした。準備は万端だった。3人でスタジオに入ったときも世間話をして余裕をかましていた。そしていよいよ10時30分。スタジオにThe Clashの「ロンドン・コーリング」が流れる。ティムの「レディオ・クラッシュジャパーン!」という声が響き、ミキサーの影山さんからゴーサインが出た。
「やあいいね、カッコいいね、『ロンドン・コーリング』」
 出だしはまずまずだった。緊張もなかった。だが、KJとは何かを説明するくだりになって、少々かんだ。それからが最悪だった。Wikipediaに載ってるKJの解説文を読もうとして、プリントアウトした紙を手にとった。「ええっとですね、Krashjapanとはですね───」、そのときだ。ぼくは、小学校や中学校の国語の時間に、先生にあてられて朗読させられたときのことをまざまざと思いだしていた。しまった! ぼくは人に何かを読んで聞かせるのがえらく苦手だったのだ。すっかり忘れてたいた。思い出した瞬間に、プリントの文字が読めないぐらい小さくなった。おまけに線を引いてぐしゃぐしゃにしてあったし。もうぼくは勉強できない小学3年生がさらにべろんべろんに酔ったような状態になってた。ぼくが最悪ならスタジオの雰囲気も最悪だ。そりゃそうだ。ここにいる3人、みんな素人なんだから。ラジオをやろうなんて、ああ、なんて無謀なことしちゃったの、オレ……。
 1曲目のコステロの『I wanna be loved』をかけたあたりまでは、もう何をしゃべったのか記憶にございません。後半は若干落ち着きを取り戻したが、前半の傷は深く内臓まで達していた。そして番組の最後、「ええ、番組ではご意見ご感想をお寄せしています……いや、今日のはもういらない。いいよ、感想なんて」と最悪にボヤいてしまった。
 実はこのしどろもどろには少々わけがある。番組が始まる数分前、スタジオで「放送事故」が話題になった。締めが間に合わず番組の途中でブツっと切れて終わったときなんかを言うのだが、このときミキサーの影山さんからこんなことを言われた。
「番組のなかで5秒以上沈黙があった場合も放送事故なんです」
 え、そうなの? でも、事故といっても誰も死ぬわけじゃなし、とかなんとか軽くぼくが返すと、「でも、事故の届出をしなきゃいけないんですよ」。影山さんが言うには、文化庁だかどこだったか忘れたけど、その類の役所に始末書を提出するらしい。このときFMくらしきの社長の顔が頭をかすめた。ちょっとだけ思った。こりゃヤバいぞ、と。
 それがあのしどろもどろにつながったんじゃないかと分析しているのだが、どうだろう? 関係ないかな。ともあれ、もうオレは立ち直ったよ。次回はヘマしないよ。原稿読みはあっさりと、ミエちゃんかゲストにまかせたい。来月は4日の放送だ。しっかりリベンジしたるぜ。