新・不定点観測

赤星豊

不定点観測:vol.52 東京(2)

052.jpg 1月21日、土曜日。朝、目を覚ますと、窓の外がやけに白い。だいたいいつもそうなんだけど、メガネをかけて初めて分かる。今日もそうだった。東京で雪を見るのは久しぶりだ。今日は多摩市まで、長島有里枝さんの写真展を見に行くつもりだった。でも、中目黒でさえ数センチの雪が積もっている。多摩だとどんなことになってるか分からない。同じ東京でも、西のはじっこの気候は山梨県に近いのだ。行こうかどうしようか……。雪でも外に出たい気分はあるが、東京の電車は雪や大雨にめっぽう弱いのだ。

 ちょうど20年前にこんなことがあった。昼過ぎに表参道の嶋田書店の前で友人と待ち合わせをしていた。朝起きると今日のような雪。当時住んでいた三鷹台から井の頭線に乗る頃には、かなりの雪が積もっていた。そして渋谷へ向かう途中で電車が停まった。「しばらくお待ちください」とアナウンスがあった。しばらく待ったが電車は停まったまま。電気も停止してるから車内は冷凍庫状態。足が冷たくてたまらなかった。靴を脱いで、座席に正座している人もいた。「もうここで下ろしてくれ」という客がちらほら出てきて、職員が説得に回っていた。
 待つこと1時間以上、仰天のアナウンスがあった。「復旧の見込みが立たず、ここで下りてください」。「ここ」って、線路ッスよ。雪が深く積もって見えないけど。それから『八甲田山』の死の行軍が始まった。線路脇をざっくざっくと歩き、やっとの思いで駅にたどり着いた。すぐさま暖をとろうと喫茶店みたいなところを探して歩いたけど、みんな考えてることは同じでどこも満杯。やがて道路では人がバタバタ倒れて───というのはウソだけど、ぼくはそのとき、どこかに避難用の穴を掘った方がいいんじゃないかと本気で考えていた。
 結局、家庭教師で教えていた子が代田に住んでいたのを思い出し、そこまで2キロほどの道を歩いた。死ぬかと思った。もうあんな目にはあいたくない───というわけで、多摩行きはやめた。賢明だったと思う。雪は夕方になっても降り続いてる。今頃、多摩はウラル山脈みたいになって雪に埋もれているだろう。

 昼から洗濯をすることにした。洗濯物を入れたバッグをもって商店街を歩く。人はほとんどいない。この雪じゃあたりまえだ。セールの札がついてるお店もヒマそうだ。古本屋の軒下で立ち読みしているオトコがいた。歩きながらなんの気なく彼を見てたら、なんとエッチな写真本を手に店内のレジに行った。ビックリしたね。さすが東京、スゴいヤツがいるもんだ。
 コインランドリーにはカップルがいた。乾燥機が終わるのを待ってるようで、雪のせいなのか、すごく楽しげだった。彼らは乾燥した衣類をもって家に帰ると、「(乾いた下着を頬にあてて)これあったかいよ〜、ほら」とか言いながら、また楽しくやるんだろう。さっきのエロ本オトコとこのカップル。いまのぼくの立場がどっちに近いかといえば、圧倒的にエロ本オトコだ。まあいいんだけどね。いいじゃないか、雪の日に部屋でエロ本を読んだって。って、なんかオレがエロ本買ったみたいな気がしてきたぞ。
 午後は原稿を書いて過ごした。雪のせいに違いない、なんか筆が進まない。霞んだ窓の外をしょっちゅう眺めてた。どうもいかんね、雪は。さっきのカップルは今頃……あ、もうよそう。明日はちょっと晴れ間が出るそうだ。東京での滞在日数、6日間経過。