新・不定点観測

赤星豊

不定点観測:vol.47 倉敷(5)

047.jpg 大学1年生で人生最大の失恋を経験した。人生最大の失恋は、人生最大の苦悩をもたらしてくれた。あのとき、「素っ裸で竹下通りを歩いたらその苦しみから解放してやる」と言われたら、迷わず厚木の家でフリチンになって、そのまま小田急線で原宿に向かっただろう。この例えじゃよく分かってもらえないかもしれないけど、とにかく苦しかった。
 眠れない日々が続いた。典型的なインソムニア(不眠症)だった。でも、治療に行くこともなく自然治癒した。どれぐらいの月日がかかったかはよく憶えていない。せいぜい2、3週間といったところだろう。失恋の苦しみはその後も数年続いたのだけれど。

 ここんところずっと眠れない。24年ぶりだ。久々にあのときの感覚を思い出した。夜になってもまったく眠くならない。布団に入る気もしない。昼間はずっと眠いのに。あの当時も授業中によく眠っていたっけ。時々思い出したように心臓がドキドキするのは今回も同じだ。思い当たるフシはある。失恋じゃない。ひとつのことじゃなく、いくつかの要因が絡み合っている。もしも、「素っ裸で美観地区を歩いたら不眠症から解放してやる」と言われたら? 今度はほいほいとフリチンになったりしない。眠くならないのなら眠らなければいい。見たいDVDはいくらでもあるし、将棋は24時間対戦できる(いや、将棋は頭を使うから控えよう)。それに明日からは仕事も始めるつもりだ。そのうち、ひとつずつ解決していこう。そう、おみくじにも「急いてはことを仕損じる」とあったしね。

 1月3日、火曜日。マキちゃんが倉敷にやって来た。彼女はマガジンハウスの社員カメラマンで、福山の実家に帰省していた。先日のロンドンで、短期の英語研修を受けに来ていた彼女と会って夕飯を食べた。そのとき、「ヒマだったら正月に会おう」ということになり、ヒマだった彼女がヒマだったぼくのいる倉敷にやってきたというわけである。
 「倉敷は高校生のとき以来」という彼女を連れてまずは美観地区へ。大原美術館周辺を散歩した後は倉敷アイヴィー・スクエア。と、そこまではどこのガイドさんもやることだが、ここからがKJ編集長の本領発揮。本町の住宅街にいるぼくの親友コロを紹介し(コロはとても眠そうでした)、次に蟲文庫へ行って店主の田中さんとしばらく歓談。店を出たところで、偶然車で通りかかった児島のカフェ「Womb」の西原弟を見つけ、ケーキ屋さん「エル・パンドール」まで乗せて行ってもらう。ここで名物ザッハトルテをお土産にもたせてから、「ふるいち」でぶっかけうどんの遅めの昼食をとった。
ざっと駆け足で書いたが、実際も駆け足な観光だ。いや、これはちょっと観光じゃないんじゃないかな。でも、マキちゃん、結構喜んでるみたいだからいいか。というわけで有無も言わさず児島に移動。渋川方面に行って瀬戸内に沈む夕日を見ることにした。ところが、車から出ると海風でかなり寒い。シビれる。なので車内から夕日が一望できるとっておきの場所に移動した。そこは児島の人もあまり行かない最高の場所なんだけど、いかんせん、夕日の沈むあたりに帯状に厚い雲が。きれいでもなんでもなかった。代わりに三脚をもって撮影に来ているオジサンを餌にして、「三脚が軽くて安っぽい」とか「眉毛が伸びすぎて垂れてる」とか、どうでもいいことをああだこうだと話してウサを晴らした(こんな意地悪を言うのは主にぼくです)。
 マキちゃんは6時の列車に乗って倉敷を後にした。怒涛の倉敷5時間観光、彼女には久々の倉敷を十分に堪能していただいたことと思います。でも、来年はないだろうな、きっと。倉敷の滞在日数、8日間。