12月25日、日曜日。クリスマスの午後に成田に到着した。ロンドンからの飛行時間は約11時間45分。直行便はやっぱり早い。前回は南回りの乗り継ぎ便を使い、しかも経由地のクアラルンプールでディパーチャーが4時間も遅れたもんだから、24時間以上もかかった。前回ひどい時差ボケに悩まされたのもむげなるかな、だ。
月曜日には大阪で取材が入っていたので、半日で東京の仕事をこなさなきゃいけない。んなわけで、日曜日のクリスマス、しかも東京に着いたばかりというのにあれやこれやと忙しかった。なのに、その間隙をぬってぼくは髪を切りに行ったりする。というのも、倉敷の実家でシャンプーがなくなりかけてたのが気になっていたのだ。そのシャンプーはぼくの知るかぎり、行きつけの中目黒の美容院「hun」でしか手に入らない。「シャンプーを買いに行くなら、ついでに髪も切っとけ」てな感じだ。
美容院のオーナーはウラくんという。ぼくが中目黒に越してきた頃、お店をオープンした。オープン当初は客もほとんどいなくて、しょっちゅう隣の空き地でふたりの若いスタッフの男の子たちとゴムボールを使って野球をしていた。そのうち、「すいてるから」という理由でぼくが髪を切りに行くようになった。ウラくんは福井県の出身で、今年36歳だと思う。体重も身長もぼくとほとんど同じ。一度、胸囲とウエスト、ヒップ、足の長さを測って比べたこともある。足の長さを含めて実際ほとんど変わらなかったけど、彼はぼくより少し長いと言って譲らなかった。店を始める前に、ニューヨークで1年ほど修行に行ってたらしい。1年いたというわりに、英語はほとんどしゃべれない。いつだったかお店にいたとき、外人が突然入ってきて道をたずねた。するとウラくん、無言で表に出て、方向を指差した。それだけだった。今年、一緒にロンドンにも行ったけど、彼が英語で話してる姿は結局一度も見なかった。ちなみに、ニューヨークではお客から「おまえはクールなヤツだ」と言われてたという。たぶん、彼が話せないのを無口だと勘違いしてたんだろう。
美容院に行くと、ひと昔前までウラくんとよく行ってた雀荘のおかみさんがいた。シーズー犬をひざにのせドライヤーをかけてもらってる。「あら、久しぶりね、元気だった?」。ウラくんはぼくの髪を切りながら、「最近、将棋が全然勝てないんですよね」といつもの福井弁で嘆く。この美容院は来ているお客によって雰囲気が随分変わる。中目黒のお洒落な雰囲気か、下町的な雰囲気か。今日の針は明らかに後者にふれている。
おかみさんが帰ってしばらくして、店の奥から突然人が出てきて、「いつもお世話になってます」と言った。誰じゃ、このおばちゃんは? スタッフの小林さんが「うちのお母さんです」とぼくに紹介した。埼玉からいつも髪を切りに来ているのは聞いていた。お母さんは髪を切ったついでに、お店の奥で昼ごはんを食べてたらしい。「では、また」といって小林母はそそくさと帰っていった。髪を切り終わったあと、ウラくんと、どっちが白髪が多いかで5分ほどお互いを見比べた。小林判定によると、ウラくんはぼくの3分の2、ぼくの方が少し多いらしい。ぼくは「よっしゃ!」と小さくガッツポーズする。ウラくんはちょっと悔しそうだった。悔しそうなウラくんを見るのはいつも気持ちいい。「じゃあ、よいお年を!」。ぼくは気分よく、中目黒の憩いの場「hun」を後にした。
夜遅くになって気づいた。シャンプーを買い忘れていた。次に東京に戻るのは1月中旬。それまで両親が使ってる、エッセンシャルだかなんだかのシャンプーを使うことになる。まあ、いいんだけどね、それでも。たかがシャンプーなわけだから。(写真は今回の内容とは全然関係ありません、ブライトンにて撮影)