事実は小説より奇なり、とはよくいったものだ。世の中、本当に信じられないことが起こる。それもごく稀というのでなく、日常的にだ。
包丁で指を切った。昨日の日曜日のことだ。うどんの薬味にしようとネギを刻んでいて、人差し指の爪をやってしまった。普段なら爪でガチっと刃が止まるのに、昨日は爪の中の肉まで達し、瞬間に焼けるような痛みが走った。あんまり見ない光景だった。爪のまんなかあたりから血があふれてくる。とっさにパクッと指を口にふくんだ。この手の、普段目にすることのない痛い光景に出会うと、ぼくはその光景を排除しようとする。
高校でハンドボールをやってるときのこと。シュートを打った後に倒れこんで、左手を変な風に巻き込んでしまった。起き上がって左手を見ると、薬指と小指がありえない方向を向いている。そのときは反射的に指をまっすぐに戻して、見なかったことにして練習を続けた。痛みが尋常じゃなかったので、練習が終わって病院に行くと、案の定、2本とも骨折していた。
話を戻そう。包丁で指を切った。昨日は終日激しく痛んだ。でも、人間の回復力というのは相当なもので、今朝にはウソのように痛みがひいていた───ぼくは痛みに弱い。ひとよりもはるかに弱い自信がある。だからちょっとでも頭が痛いとすぐにバファリンを飲むし、まわりに誰もいなくても、「イタい、イタい!」と痛みをアピールする。それだけに、痛みが完全に引いた今朝なんかは、それだけですごくハッピーな気持ちだった。が、ぼくの今朝のハッピーは2時間と続かなかった。
今朝、東京のデザイナーのアミちゃんから、「RIMOWAのスーツケースを買いたいんだけど、どれがいい?」という、実にたわいもないメールが来ていた。実にたわいがなくても真剣に応えようとするのがぼくである。彼女はぼくがもってるRIMOWAと同じものが欲しいようだったが、それはちょっと女性には大きすぎる気がした。そこで、まずはぼくのスーツケースのサイズを測ってみようと、スチール製のメジャーをするっと伸ばした。そのとき、左手にチカっと痛みが走った。やっちゃった───左手の中指だ。反射的に中指を見る。なんともなってない。おかしい、そんなはずはない。と、指をまっすぐにしてみた。第一関節のところにある折れ目の深い皺、その皺がパクっと口を開けてた。思わず傷に見入る。結構、深い。出てきた出てきた、赤いヤツが。そこではじめて、パクッと口を開けた中指をパクッとくわえた。2日連続のパクッ、だ。
人差し指と中指、同じように絆創膏姿で仲がよろしそう。こんなことってあるんだね、ホント感心する。まさか明日は薬指なんてことはないだろう。でも、世の中、何があるかわからない。とりあえずマメに手を洗っておこう。左手の薬指は念入りに。