新・不定点観測

赤星豊

vol.40 今日のラッキーアイテム

 ある朝、目覚めると突然、野犬になっている——。そんなカフカの『変身』みたいなことがたまにある。年に2回か、3回か。この野犬化したぼくに比べたら、普段のぼくは血統書付きのラブラドールのようだ。まったくの人畜無害。見事な八方美人で、周囲の幸せを自分の幸せと感じることができるような。一方、野犬のぼくはというと、幸せとは無縁で、心にブラックホールのような暗黒を抱えている。気安く手を出すようなヤツには、腕ごと噛み千切ってやるぐらいのバイオレンスも秘めている。まさに昨日の朝がそうだった。

 こんなときはおとなしくしているにかぎる。トーストの朝食を終えた後、片付ける気に一切なれなくて、ソファに座ってリモコンでテレビのスイッチをつけた。ちょうど朝の情報番組が終わろうとしているところで、今日の占いをやっていた。赤・白・青・黄、どれかを選んでください——。この手の占いなんか、やって気分がよくなったためしがない。普段ならチャンネルを変えるところだけど、どうにか状況を変えたかったのだろう、この日は「よし、黄色だ!」と心のなかで決めた。
「心をオープンにすれば仲間が増えます。今日のラッキーアイテムはホットカーペット」
 今日のリオデジャネイロの天気は曇りです、と言われているのと同じだった。心に響くところがまったくない。ホットカーペットだってもってないし。もう噛み切ったるぞ。

 そのままテレビをつけっぱなしにしてたら、10時から、岡山でこの日スタートする地上デジタル放送の特別番組がスタートした。地デジ、地デジと、最近しょっちゅう耳にする言葉だ。しょっちゅう耳にするけど、それがなんなのかぼくはほとんど知らない。ここで勉強しとくか、とテレビに集中する。画面は香川で開かれている記念式典の模様を垂れ流していた。県知事が挨拶し、それからまた同じようなスーツを着たオッサンの長々としたスピーチ。会場にいる人もほとんどが関係者だろうか、スーツを着たオッサンだ。なんだ、この地味な番組は? 会場に火炎瓶でも投げたろうか───なんて怒るまもなく、ぼくは深い深い眠りに落ちていた。

 目が覚めると11時半だった。ふと我を省みる。11時半にパジャマを着たままソファに横になっているこのぼく。社会人のはしくれとして、これはいかがなものだろうか……。白いレオタードを着たラブラドール天使がついに姿を現してくれたのだった。
 それからのぼくは、ちゃっちゃっと朝食の片付けを終え、しっかりと排泄行為をし、歯までみがいてすっきりした気分で自分の部屋に向かった。この勢いで散らかし放題の机を片付けるのだ。使ったペンやらバファリンの錠剤やら、本やら新聞の切り抜きやら、なんやらかんやらで机の上は覆いつくされていた。なかには封も開けていない郵便物もある。ふと1通の封筒が目についた。「岡山」と「警察」という文字がある。なかを開ける。反則切符のコピーがあった。説明書きに「支払われない場合は起訴手続きに入る」みたいなことが書いてあった。1カ月ほど前にも支払い用紙が送られてきたけど、胸くそが悪いので無視してやった。2通目のその手紙は、いわば最後通告みたいなものらしい。仕方ないから払います、とラブラドールのぼく。同封されていた支払い書に目をやる。「支払い期限」の蘭に「11月24日」とあった。———過ぎとる。1週間も前に過ぎとるが……。ラブラドールが一瞬にして姿を消した。変わってやってきたのは——説明するまでもないだろう。
 昨日一日はさんざんだった。もう疲れるから書くのもイヤだ。でも、ひとつだけ書きたい。ラッキーアイテムがホットカーペットだなんて、冗談じゃないよ、まったく。