新・不定点観測

赤星豊

不定点観測:vol.35 東京(1)

12月12日、月曜日。朝、荷物をまとめて2階から下りると、オカンが上着を着て玄関で待っていた。ぼくがしばらく帰ってこないとわかってるのだ。寒いから外に出ないでくれと頼んでも、泣きながら「行く、行く」と言ってゆずらない。ぼくは車に乗りこみ、「すぐ帰ってくるから」と言ってあっさりと車を出す。バックミラーにオカンの姿が見えた。ブロックの角を曲がるまでずっと手を振っていた。こういうのはホントやめてほしい。たぶん、その姿をずっと憶えてるから。

 近所の自動車屋さんに借りていた代車を戻し、そこから児島駅まで歩いた。パチンコ屋の広い駐車場を横切ると駅はすぐそこだ。この駅の冬のホームは吹きっさらしでシビれるぐらい寒い。電車がホームに入ってくるまで階段で待ってる人もいるぐらいだ。ぼくはいつもホームの端にある喫煙スペースでタバコを吸いながら電車を待つ。今日の風はいつにも増して冷たかった。児島を離れることがだんだんキツくなってるような気がする。オトンがオカンとふたりっきりで次の2週間を過ごすと思うとやりきれない。

 午後3時頃にマンションに着いた。いつものように、たまった郵便物を整理する。請求書がやたら多い。国民健康保険の「変更決定通知書」なんてのもあった。その「変更」とやらで、来年の3月期までの半年分の差額約11万円を払えとあった。これって目黒区の冗談なんかね? 11万円あったらパソコンが買えるよ。請求書は全部見なかったことにしてひきだしにしまった。お次に留守電だ。味気ない女性の声で、「用件ガ25件アリマス」。もう電話機を窓から投げ捨てたくなった。メールをチェックしようとして、パソコンを立ち上げてアウトルックをクリックしたが、インターネットの接続にやけに時間がかかる。挙句「エラー」が出た。エクスプローラーもつながらない。今日はもう何をやってもダメみたいだ。ブルーなモードはとうにトップに入ってる。東京なんか帰ってこなきゃよかった。

 夜に空を見上げて、流れ星を見るぐらいの確率で、ぼくにもブルーなときがある。そんなときはだいたい映画を見るか、友達と会って話したりしてる。でも、いつもDVDを見てるノートパソコンは倉敷に置いてきてしまった。友達にも連絡する気になれなかった。というわけで、めったに見ないテレビなんかつけてみた。坂口憲次が出てるドラマを1本見た。これがさっぱり面白くなかった。こんなもんにちゃんとスポンサーがついて商品として成立しているというのが理解できない。
12時ぐらいになってもブルーなモードがまったく抜けないので、ちょっと泣いてみることにした。1年ほど前、韓国映画についてのコラムでこんなことを書いた憶えがあったのだ。「涙にはストレス物質が含まれていて、つまり、泣くことはストレスの発散になるのである」とかなんとか。で、とりあえず机に向かって、メガネをはずし、両手で顔を覆ってみた。これがぼくの「泣く」のポージングのイメージなのである。するとですね、これが不思議と泣けたんですよね。両方の目からちゃんと涙が3粒ずつぐらい。「あれ、泣いてるよ、オレ」ってちょっと驚いた。ぼくがコラムで書いたことは本当みたいだ。泣いたあと、なんかちょっとスッキリした気分だった。スッキリした気分で将棋を指してみたら、最後の最後に大逆転。明日からまた頑張れそうだ。東京の滞在日数、1日経過。