新・不定点観測

赤星豊

vol.31 ホルモン大学事件

 昨日、東京から来客があった。『roomservice』というファッション誌の野中編集長と編集スタッフの馬場さんだ。この雑誌、国内外のバイヤーやファッションエディター、スタイリストに向けたもので、日本のファッションを世界に発信しようと志は高い。創刊は昨年秋。発行は年2回で、現在vol.3を数えるというから、KJと誕生時期も発行サイクルもほぼ同じ。他人とは思えない雑誌なわけである(しかも全文英語の対訳付きだし)。
 野中編集長はプシェメクの個展でKJの存在を知ったという。「いやあ感動しました。是非一緒に何かできないかと思って」と嬉しい言葉をかけてくれた。彼はひとまず雑誌のなかでぼくに何かを書いてほしいと言った。ぼくとの面会だけが目的ではないとはいえ、はるばる東京からやってきてくれた人にすげない言葉は返せない。ぼくはふたつ返事で承諾した。あまりにすんなりだったので、彼らちょっと拍子抜けしたみたいだった。
 馬場さんが1階のWombで雑貨を見ている間、野中さんと海まで散歩した。来客と会ったその日に散歩するなんてさすがに初めてのことだったが、野中さんには自然に「海行かない?」と誘う言葉がついて出た。釣りをしているおじさんの横で、堤防に座って30分ほど話した。仕事とはあんまり関係がない話。ぼくの児島での生活とか、野中さんがアメリカに行ったときの話とか。海を見ながら、すごくいい時間を過ごせた。野中さんも、「最高です。こんなにゆるい出張でいいのかな」としきりに言っていた。本当にナチュラルなお人だ。東京では、会社のなかでは、たぶんかなりの異端児だろう。異端児───おおいに結構だ。東京と倉敷の距離なんてたいした問題じゃない。彼とはこれからもつながっていくような気がする。

 今晩はオトンとオカンを連れて、児島にある焼肉店「鶴山」に行った。このお店は10月から大改装に入っていて、先週リニューアルオープンしたばかり。うちの両親は70歳を過ぎた今も肉好きで、しばらくぶりの焼肉を楽しみにしていた。
 うちは昔から外食といえば焼肉か中華だった。両親がともに魚嫌い、おまけにアニキまで魚が苦手だったので、おのずと決まった相場だった。焼肉といえば今でも忘れられない強烈な思い出がある。ぼくが小学校に上がるか上がらないかの頃、「ホルモン大学」という焼肉店が児島にできた。ある日、晩御飯をそこで食べようということになった。オトンは職場から直接行くという連絡があり、オカンがぼくとアニキを連れて家を出た。
 気がつくと、真っ暗な山道を歩いていた。家を出てずいぶん歩いたような気がした。オカンは「おかしい、このあたりで見たのに」とぶつぶつ言いながら歩いていた。ぼくは思わぬ冒険にワクワクしていたが、アニキは不安がってぐずりはじめていた。しばらくして、やっと店の灯りらしきものを見つけた。蛍光灯の灯りに照らされた薄汚れた看板にはこうあった───ホテル大学。オカンが焼肉屋だと思い込んでいたのはラブホテルだったのである。
 ようやくお店にたどりつくと、オトンは先に食べ始めていた。オカンが事情を説明すると、オトンは大笑いしていたっけ。

 あれから30数年、今ではぼくがオカンの手を引いて焼肉屋に連れて行くようになった。それでも、オトンとオカンを前にして、今もこうして焼肉を食べられるのは幸せなことだと、しみじみ思った今日の晩御飯であった。