午後3時30分。───眠い。ムチャクチャ眠い。眠いだけじゃなくって、カラダも重くけだるい。まるで夏の午後にプールで泳いだ後のようだ。実はこの使いモノにならない状態には、さもありなんの理由がある。さっきまで泳いでいたのだ。それもプールじゃない。海である。ん、今日は何日だっけ? 11月2日だ。
「タツノオトシゴを獲りに行く!」。GERUZの鈴木秀クンがそう言い出したのは半月ほど前のこと。彼は数カ月前からタツノオトシゴの飼育にハマっていた。ネットで購入するタツノオトシゴはマレーシア産らしく、輸送で弱ってしまうというのもあって、長いものでも2カ月で死んでしまうのだそうだ。「こうなりゃ近海モノだ、瀬戸内海にもいるらしいから自分で獲ったるぞ」という無謀な彼の挑戦にぼくも付き合いことになり、今日のタツノオトシゴ捕獲作戦とあいなった。場所は玉野市との境にある王子が岳。タツノオトシゴは藻が群生しているところに生息しているという情報から、目をつけたのがここだった。
午後1時すぎ。駐車場に車を置いて、ふたりで砂浜に降り立った。シゲルくんは6メートルまで伸びるサオ付きの釣り用の網を用意していた。一方のぼくは、茹であがったスパゲティをあげるのに使っている金ざる1個。「網だと藻のなかをまさぐるのは難しいので金ざるが最適」と、実際に捕獲した人のサイトにあったのだ。ふたりとも、獲る気満々だ。
幸い気温は25℃ぐらいあったと思う。上半身裸になって、ズボンの裾をまくしあげて水に入った。冷たい。さすがに11月の海は冷たくて、なかなか膝をつけるまでにいたらない。三歩進んで三歩下がる。そんなことを繰り返しているうちに、シゲルくんが「あ、タコだ!」と叫んだ。ぼくの足元にあった岩の上にいるという。ヤツがいる位置から見えるわけがないと思った瞬間、ぼくの足にやわらかいものが当たった。そして、吸盤が足に吸い付く感触が。咄嗟に金ざるで足元をすくった。ざるを上げる───いない。もう一度すくう。いない。タコは逃げてしまった。「これ、タコ獲れそうだね」とシゲルくんは言ったが、ぼくらの目的はタコじゃない。あくまでもタツノオトシゴである。
千切れた藻は水面にたくさん浮かんでいた。でも、生えているところまでなかなかいたらない。やっぱりもう少し深いところに入らねば。シゲルくんが「もうオレ、行く!」と6メートルのサオを手にしたままお腹の地肌が浸かるところまで入った。こうなりゃぼくだって行くしかない。一歩足を進めるたび、ふたりで「ギャーギャー」叫びまくった。水位は胸のあたりまで来ていた。まだ藻がない。シゲルくんは何度もサオを沖に投げるようにして水中をまさぐったが、網には千切れた藻しかかからない。そうこうしているうちに、潮に押されてふたりで首まで浸かっていた。そこからは早かった。足が地面につかなくなった。ぼくは金ざるを持ったまま、シゲルくんは身長の3倍以上のサオをもったまま立ち泳ぎをしていた。タツノオトシゴを捕獲するどころじゃなかった。なんだ、この図は? 頭のおかしいオッサンふたりがただ泳いでいるだけだ。おかしかった。もうたまらなくおかしかった。ふたりして、泳ぎながら笑い転げた。笑いすぎてぼくが溺れかけた。金ざるをもったまま水をかいていたわけだけど、ざるだけに水をかけないのだ。「これに掴まって!」とシゲルくんがサオを差し出してくれた。そのサオを掴もうとして、なお溺れそうになった。手を伸ばした反対の手はざるをもって水をかけないのだから。
やっとの思いで足が着くところまで戻った。またふたりで大笑いした。
「もう泳ぐ?」
「泳ごうか」
サオは浜に置き、金ざるだけもって水に入った。シゲルくんが金ざるをもってくれた。ヤツは金ざるの恐ろしさを知らないのだ。沖に出る途中、シゲルくんもそれを悟ったらしく、ざるを頭からかぶった。いやあ、おかしかったね。海水浴に来た中学生みたいだった。浜で釣りをしている人たちは、完全にイカれてると思っただろう。まあ、実際イカれてた。今思えば、「タツノオトシゴを獲りに行く」という目的からして、すでにイカれてたのかもしれない。
こうして「第一回タツノオトシゴ捕獲作戦」は失敗に終わった。しかし、シゲルくんはタダでは起きない。「帰って水槽に入れる、児島の海を再現する」とかなんとか言って、いろんな藻をしこたま採集して帰ったのだった。