vol.3の評価の高さは、実際、特集内で子供たちが描いてくれた絵に負うところが大きい。彼らは素晴らしい宝物をKJにプレゼントしてくれた。今日、表紙を描いてくれた木下水彩(みずえ)ちゃんの家にお礼を言いに行った。彼女はモネの『睡蓮』を、彼女のお姉さんの花絵ちゃんはコッテの『セゴヴィアの夕景』を、お兄ちゃんの草太郎くんはキリコの『ヘクトールとアンドロマケーの別れ』をそれぞれKJのために描いてくれた。木下一家には足を向けて眠れません。
彼らと最初に会ったのは5月に行われた「沙美アートフェスタ」という子供たちのイベントだった。ここで彼らの絵を見て、KJの大原美術館企画のためにスカウトした。2度目が作品制作してもらった大原美術館。みんなシャイでおとなしいもんだから、2回とも会話らしい会話をしていない。3度目となる今日も、一言お礼を言って、一杯だけお茶でもいただいて、「じゃあね、みんなまた会おうね」と社交辞令の挨拶をして帰るんだと思ってた。ところがそうはならなかった。まさかそんなことになるなんて思いもしなかった。
「こんにちは、みんな。この間はありがとうね」。顔を見て一言めにぼくがそう言うと、モネが(つまり水彩ちゃんです)が両腕を広げていきなり抱きついてきた。あれ、おれたちそんな関係だったっけ? 和室でお母さんが戻ってくるのを座って待ってる間に、モネが今度はぼくの背中によじのぼり、さらに首のところに脚をかけて「肩車して」とねだられた。肌が汗ばんでて気色悪かったけど、なんせ表紙のモネだから。モネを肩にのっけてると今度はコッテが(これは花絵ちゃんです)ぼくの膝の上にうむも言わさずのってきた。お母さんがアイスコーヒーをもって部屋に戻ってきたときには、3人合体の妙な図ができあがっていた。これじゃアイスコーヒーなんか飲めやしない。子供に慣れてないこともあって、カラダは汗びっしょり。それでも子供たちはくっついて離れない。いつからこんなに子供に好かれるキャラになってたんだろうね、オレったら。
雑誌を渡したときは、さすがに子供たちの注意は雑誌に移ったけど、それもほんの数分で、またモネとコッテにねだられて、抱き上げたりクルクル回したりしていた。30分もしてヘトヘトになった頃、「お昼でも一緒に」と言われた。しかし、ぼくは昼には沙美海岸にある高橋秀先生のアトリエに行く約束をしていた。それを言うと、モネとコッテがなんともいえず哀しい顔をする。「じゃあ一緒に行く? 近くにビーチもあるし」。この一言で、ぼくの1日がまたとんでもない方向に向かっていくことになった。子供たちは目をキラキラ輝かせて、なんと水着に着替え始めたのである。モネなんか、ぼくの目の前ですぐさまオールヌードだ。ずっとクールを装っていたキリコまで(お兄ちゃんの草太郎くんです)、はしゃいで用意を始めてるし。なぜかグローブとボールまで持ってくるし。
1時間後、ぼくたちは沙美海岸のビーチにいた。9月の太陽は真夏のようにギラギラしていた。パンツの裾をたくしあげ、モネとコッテとキリコの3人と水の中にいた。キリコに水鉄砲で水をかけたり、モネとコッテが集めてくる貝殻を見てあげたり、これじゃ誰がどう見たって父親だ。真夏の家族の光景だ。「なんでこうなったんだろう?」と思いながら、同時に「ぼくにもこんな人生があったのかもしれない」と思うと、なんかちょっと複雑だった。気分は悪いわけじゃなかったのだ。
こうして、短い間だったけど、ぼくのファーザーズ・デイが終わった。別れ際、お母さんから「今度うちで食事でも」と誘われた。もちろんぼくは「是非行かせてもらいます」と応えた。普通なら、「是非行かせてもらいます」と言いながら「もう会うことはないだろうな」と思う。でも、この家族にはたぶん会うことになるんじゃないかなと、そんな気がする。なんせモネと約束したから。指きりまでさせられたから。今度一緒にお風呂に入ると。たまに父親になるのも悪くないね。