新・不定点観測

赤星豊

vol.19 さよならアギー(1)

 2000年12月のこと。友達のトクオが死んで数日後に、大阪からやってきたトクオのお兄さんと友人がトクオのアパートに集まって形見分けをした。本やらCDやら、彼のアート作品やらが友人の間で分けられていった。1時間もすると部屋はすっかり片付いた。唯一残ったのがひとつ。正確にいうと一匹。それがトカゲのアギーだった。
 ただのトカゲじゃない。尻尾まで入れると50センチぐらいはある。何日も餌を食べていないのだろう、砂の上でじっとして動かない。
「ペットショップにもらってもらいましょう」
 お兄さんに向かって誰かが言った。一同無言でうなずく。しかし、お兄さんは首を縦にふらなかった。それどころか……。
「いや、弟が可愛がっていたペットです。ここにいる誰かにもらってほしい」
 わりとにぎやかだった場が一瞬しんと静まりかえった。一同無言のまま顔を伏せて、お兄さんと目を合わせないようにしている。そりゃそうだ。どこの世界にわけのわからないトカゲをもらおうなんていうヤツがいる? それがいたのだ。誰だかお分かりだろう。そう、このぼくである。トカゲが好きだったわけじゃない。むしろ、嫌い。気色悪いし、こいつ目が怒ってるし。実はなぜにぼくが引き取ることになったのか、正直、はっきり憶えていない。でも、これまでの人生を振り返ると、その手の役回りはどうゆうわけかぼくに回ってくる。そのときのぼくの行動は、たぶん諦観ゆえだったろう。アギーを連れて帰るぼくに、友人たちはみんな優しかった。キリンとマー坊が中目黒のマンションまで車で送ってくれたっけ。

 マンションに帰ってすぐに、ネットでトカゲの種類を調べまくった。何を食べるのか、どうやって飼えばいいのか、何から何までさっぱりわからなかったのだ。ぼくはイグアナだと思っていた。「イグアナ」で検索すると、女性が笑顔で、幼稚園児ぐらいのカラダのトカゲを両腕で抱きかかえている写真が出てきた。違う、こんなんじゃない。やっとの思いで判明した。アギーはオーストラリア原産の「フトアゴヒゲトカゲ」。たしかにアゴのあたりにヒゲのような太いヒゲのようなトゲがある。見たまんまだ。
 さて、何を食べるのか。見つけ出したサイトには、かなり詳しく飼育方法が載っていた。餌───コオロギ。これは知っていた。トクオが生きたコオロギをトカゲに食べさせるのを何度か見たことがある(それはいつも目を覆うような光景でした)。さらに餌の項目に「ミルワーム」とあった。なんじゃろう? その文字をクリックすると写真が出た。何十匹というミミズのようなものがもつれ、うごめいていた───勘弁してください! もうひとつ「ピンキー」というのがあった。なんかちょっと可愛らしいぞ。文字部分をクリック。なんだこれ? うっすらピンクがかってる。写真の下にキャプションで「ネズミの胎児」───さようなら、ぼくはトカゲと心中しますから。

「なんでこうなってしまったんだろう?」と運命を呪ったアギーとの初日。しかし、運命というのはおそろしいもんである。それから1週間後には、アギーが可愛いと思えるようになっていた。そしてさらに1週間。ぼくはアギーとの生活がたまらなく楽しくなっていたのだった。